山火事で家2軒とレストランが全焼:北加パラダイス在住、避難生活を送る小島智代、成朗さん夫妻 第1話

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山火事で全焼したパラダイスにある小島さんの自宅跡

「すべてを数時間で失いました」

 「アメリカに単身、スーツケースひとつから始めて30年。頑張ってレストランと家2軒、欲しい物すべてを手に入れましたがすべてを数時間で失いました―」。

山火事発生前の自宅

 カリフォルニア州北部ビュート郡の町パラダイスで11月8日に発生した山火事「キャンプ・ファイア(Camp Fire)」。25日に鎮火が発表されるまでおよそ15万3千エーカー以上を焼きつくし、これまでに85人が死亡。カリフォルニア史上もっとも多くの犠牲者を出した山火事となってしまった。このキャンプ・ファイアで被災したパラダイス在住の小島智代さん、成朗さん夫妻。現在避難生活を送る小島さんに山火事発生時や避難時の様子など話を聞いた。【吉田純子、写真=小島智代さん提供】

いつもと変わらない朝が一変
避難始められない焦りと恐怖

 朝起きてコーヒーを飲みテレビのニュースを見る。その日もいつもと変わらない朝だった。しかし直後、カリフォルニア州史上最悪の山火事が小島さんに迫ろうとは、その時まだ知るよしもなかった。
 パラダイスはサンフランシスコの北東180マイル(290キロメートル)に位置する人口およそ2万7千人の小さな町。自然に囲まれ、ベイエリアなどから引退後に引っ越してくる住民も多いのどかな町だ。2人はそんなパラダイスで日本食レストラン「Ikkyu Japanese Restaurant」を経営。成朗さんは仕込みのためこの日もいつも通り7時半ころ店に向かった。
 成朗さんからの電話が鳴ったのはその直後だった「ちょっと何かおかしい」。自宅にいた智代さんが外を見ると、あたりはどんよりと暗く、灰が降っていた。山に住んでいるのでこれまでにも火事は多かった。「どこかでまた火事だ」。そう思っていた。

山火事が発生した11月8日午前8時14分の自宅周辺の空の様子

 それから30分も経たないうちに事態は一変。空は真っ暗になり、燃えた灰が降り始めた。しかし警報や異常を知らせる連絡はどこからもない。「いつもの火事でまさかうちの方までは来ないだろう」。そう思ったが、視界にオレンジ色の物が見えた時、目を疑った。よく見ると庭が燃え始めているではないか。あわててホースの水で消したが、その日は極度に乾燥しており、ただ事では済まない事態が頭をよぎる。「主人に『すぐに帰ってきて』と連絡を入れました」。この時すでに「キャンプ・ファイア」は風速およそ50マイルの強風にあおられながら凄まじい勢いでパラダイスの町をのみこんでいた。
 30分後、成朗さんが店から帰宅。しかし自宅前の道はすでに避難する車で混み合っていた。
 パラダイスの町から住民が逃げるために残された道はスカイウエー、クラークロード、ペンツロードの3本。その3本を使い、パラダイスから車で20分ほどの場所にある隣町チコへと避難できる。
 自宅から出火現場までは15マイルほどの距離。経営していたレストランよりも自宅のほうが出火現場に近かった。家の前の道ペンツロードは出火現場から続いていたため渋滞がひどく、その時すでに道に出られない状態になっていた。避難が始められない焦りと恐怖。「こんなことしてもしょうがないと思いながらも避難できるまでの間、バケツで屋根に水を掛けたりしていました」
 しばらくすると、混んでいた道から車がUターンして戻ってくるではないか。前方で車にも火が延焼し始めたのだ。その時、小島さんの自宅前の住宅や近隣の住宅にも火が燃え移り始めた。
 「もう、行かなきゃ!」。そう思っても道が混んでいて避難が始められない。そんな矢先、少しずつ車が空いてきた。シェリフ局職員に誘導してもらい、やっと避難を開始。2台の車に愛犬3匹を乗せ、2人は自宅を後にした。

燃え盛る炎の中逃げる
「まさかホームレスになるとは」

同日午前9時57分の自宅付近の様子。周辺がオレンジ色の炎に包まれ始めているのが分かる

 逃げる途中、目に飛び込んでくる情景は悲惨なものだった。道の両側は燃え、炎の中、車を走らせる。朝なのに外は真っ暗。夜の深い霧の中に迷い込んだかのようだった。前の車のライトも見えず、どこを走っているのかも分からない。とにかくゆっくり進み、どうにか近くのショッピングセンターに逃げた。「どこまで連れてこられたのかと思ったら家のそばのショッピングセンターでした。いつもなら車で2分もかからない道のりなのにとても長く感じました」
 車40台〜50台がその場所で4、5時間待機していたが、遂にショッピングセンターの周りにも火が燃え移り、その場にもいられなくなった。強風と極度の乾燥のため、町はみるみる炎に覆われていった。
 「ああ、もうここで終わるのかな―」。そう思った矢先、渋滞していた車がまた少しずつ進み出した。
 「バン、バン」とあちこちから響く大きな爆発音。プロパンガスや車が爆発する音が耳を打つ。避難生活を送る今も誰かが車のドアを閉める音を聞くたびに、その時の恐怖が智代さんを襲う。
 「結局山から降りることができたのは午後4時ごろ。最後の方だったのではないでしょうか」。早く避難できた人の中には途中で車から降ろされ、バスに乗って避難するよう指示されるもバスも先に進めなくなり、結局歩いてヒッチハイクをしながら避難した住民もいたという。
 振り返ると山火事発生から怒濤のように時が流れた。愛犬3匹と洋服2、3枚をつかんで出るのが精いっぱいだった。「まさか自分の家が燃えるなんて。帰って来られると思っていたので、目につくものしか持ってこられなかった。まさか突然ホームレスになるとは思ってもみなかった―」
 小島さんが所有していたレンタルハウス1軒と自宅、そしてレストランは全焼。今までアメリカ生活で築き上げてきたものを一瞬で失った。

英語版はこちらから。Here is the English version

「キャンプ・ファイア」で被災したパラダイス在住の小島智代さん(左)、成朗さん夫妻と愛犬のドーベルマン3匹。現在は加州北部のレッドブラフのRVパークで避難生活を送る

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