魚の匂いが懐かしい

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 地下鉄を降りると、ぷ〜んと魚の匂いが漂っている。港町でもないのに。かばんを抱えた通勤客に、地図を手にした外国人観光客、そして作業着に大きなビニール袋を持った仲買人…。朝のカオスは名物だった。
 東京・中央区の築地。この地にあった築地市場が83年の歴史に幕を閉じてから3カ月が経った。場外市場はまだ営業しているので完全に賑わいが失われたわけではないけど、かつてと比べるとずいぶんと静かになった。
 築地市場の正式名称は東京都中央卸売築地市場。大正12年の関東大震災で被害を受けた日本橋の魚河岸がこの地に移転して誕生した。それから、昭和から平成の時代にかけて東京の台所として発展してきた。その築地市場が今年10月、卸売市場の機能を江東区の豊洲に移した。
 オフィスの窓から市場跡を眺めるのが毎日の日課だ。この街のシンボルだった仲買人やターレーと呼ばれる運搬車両はもうない。代わって目にするのは解体工事に携わる人たちに、クレーンや大型トラック。長年日本の胃袋を支えた巨大市場の姿は少しずつ消えつつある。
 閉場前はさほど気にならなかったが、いざなくなってしまうと何となく寂しい気持ちになる。ここでご飯を食べたのも人生で数えるくらいだし、人気のマグロの競りも見たことがない。もったいないことをしたかな。失ってからありがたさに気がつくいつものパターン。あの頃はあのカオスを避けていたから仕方ないか。
 今週久しぶりに場外市場に行ってみた。以前ほどではないが外国人観光客もまだまだ多くて、賑わいも健在。この時期ならではの数の子や明太子などお正月用品が店先を飾っていた。
 築地市場の跡地は、東京オリンピックでの交通拠点に生まれ変わるという。その後の利用はまだ決まっていない。ここは水辺の広い敷地で、レインボーブリッジやお台場も望める絶好の眺望。新しく公園になったらいいなと思うけれどどうなるのだろう。
 せっかくユニークな場所にいるんだし、これからも窓から眺めつつ散歩もして、街の変化を観察しようと思う。そう考えていたら魚料理が恋しくなってきた…。たまには昼ごはんを食べにいこうかな。【中西奈緒】

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