橋を架ける

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 先日ニューヨークに10日間滞在した。マンハッタンの摩天楼は、澄み切った冬空に屹立していた。恐ろしい程の高さのビルの森は人間の温もりを拒絶する。高所恐怖症というものがあるが、下から天辺が見えない無数のビルを見上げる恐怖もある。足がすくむ。
 焼け落ちたワールドトレードセンター跡地のグラウンドゼロは、真冬だというのに、たくさんの人が訪れ、重い沈黙が流れていた。タワー跡に作られた二つの巨大な噴水からは轟音を立てて絶え間なく水が流れ落ちていた。犠牲になった3千人余りの人々の、流れ続ける涙の音のようにも聞こえた。周りを取り囲む巨大なビル群にその音がこだまする。大都会の喧騒に吸い込まれた死の静寂に耳を澄ました。命を奪われた一人ひとりの無念さが、ひしひしとこたえた。誰にも生きたかった人生があったはずだ。
 マンハッタン島の全体像を眺めるのに最高の場所は、イースト川を隔てたブルックリンだ。そこに架かるブルックリン橋が、マンハッタン島と対岸を136年前に初めて結んだ。世界初の鋼鉄を使った吊り橋は今でも生き永らえ、現代社会に役立つ。美しい曲線を描く優雅な吊り橋だが、近付いて橋の足元から見上げると、印象はガラリと変わった。橋を支える支柱はゴツゴツした石が一つ一つ積み上げられている。この橋は手作りだ。
 ローブリング一家は一生この橋の完成に心血を注いだ。設計者の父のジョンは病死し、遺志を継いだ息子のワシントンはケーソン病で下半身マヒになりながら、建築をわざわざ勉強した妻を助手に、その妻亡き後も、亡くなるまで自宅から望遠鏡で橋の建設を見守ったという。建築史を知れば知る程、壮絶なプロジェクトに挑んだ人々の献身に打たれた。
 島の突端に、自由の女神が独立宣言書を左手に、右手には高くトーチを掲げて立っている。マンハッタンの摩天楼、ブルックリン橋、自由の女神。人間の不屈の意志のモニュメントが、凍える外気を押しのけて、胸を燃え立たせた。【萩野千鶴子】

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