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一本のペットボトルから

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 これまで幾度となく目にしてきた東日本大震災の映像だけれど、こんな強烈なのは今まで見たことがなかった! 突然どこから湧き出たのか真っ黒い波が怒濤のように押し寄せている。
 8年たって今、やっと震災を振り返り検証する余裕が出てきたということだろう。あの日、宮城県気仙沼で、自分を襲った津波をペットボトルに入れ、保管していた人がいる。被災の翌日、海沿いを歩いていた時、魚を入れる箱に水がたまっていて、底に粉のようなものが見えた。撹拌してペットボトルに入れ(なにか役立つのでは?)と、その黒い水を保管していたという。これが貴重な資料となる。
 2011年3月11日、M9の地震が東北地方を襲った。発生から40分後、津波が押し寄せる。透明な波は1分後、真っ黒に色を変え、船を突き上げ、躍り狂い、市街地を襲う。湾や入り組んだ港を通る時に津波は威力を増し、海底を深く掘り下げた。気仙沼では100万トンの海底が削り取られたという。
 黒い水の正体は海の底に沈澱したヘドロで、油や重金属の有害物質だ。粒子が細かく、水とよく混ざり、水より10パーセント重くなる。重くなるほど押し流す力は増す。膝までの水量であっても、足が取られ、人間は倒され、押し流され、やがては家をも持ち上げ、すべてを押し流したのだ。
 59人が犠牲になった介護施設。これまで9割は溺死と判断されてきたが、300人以上検視したT教授はそのヘドロを見て、泥を飲み込んだ窒息死もあったのではないか? と疑う。黒い水を飲んだのでなくても、震災後、乾燥した泥は粉じんとなって肺の奥まで入り込む。津波肺と呼ばれる重い肺炎で、いまだに多くの人が苦しんでいるそうだ。画面に映し出されたX線写真は「毛羽立った」フィルターの綿毛のように肺全体が真っ白になっていた。教授が言う。入り込んだ粉じんは、例えば、水で洗っただけでは落ちない。ブラシでこすらなければ…という状態だ、との説明で腑(ふ)に落ちた。
 黒い津波が発生する入り組んだ地形は全国に存在する。研究員が川崎市の海底から採取した黒光りのするヘドロに身の毛がよだつ。
 たった1本のペットボトルが、未来の命を守るための研究や原因解明に役立っていることに、心動かされた。【中島千絵】

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