ふるさとを想像してみる

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 「ふるさと」ってどんなものだろう。私にとっては永遠に想像するもの。
 生まれ育った場所に思い入れはない。小中高のクラスメートで今でも連絡をとる人はひとりもいない。社会人になったら転勤族で地方都市を転々。その後は日本を離れた。
 それでも、ひとつはっきりと言えることがある。その土地土地に根ざした人たちとの交流はとても新鮮で楽しいものだったということ。彼らの言葉や行動から地元愛や郷土愛のようなものを感じて、羨ましくすら思った。それを取材という形で広く発信することにも意義を感じた。
 縁もゆかりもない東京の下町、江東区森下に住んで2年。この街に愛着を持ち始めている。桜が咲き乱れる近所の川沿いを散歩してお花見をした。人も少なくてとても静か。何気ない日常の中で、こんなにゆっくりと桜を楽しめるなんて幸せだと思った。夕方になったら地元のカフェへ。顔なじみの店員さんとの会話に花が咲く。
 その週末、もう1カ所、別の桜の名所に行ってきた。東日本大震災で大きな被害を受けた地域。ふるさとに帰りたくても帰れない人、帰るかどうか迷っている人、新しい場所での生活を決心した人。そんな人たちのことを思った。
 満開の桜のトンネルは見事だった。全長2・2キロの桜並木。でもその大半が帰還困難区域に指定されていて、見ることができたのはわずか300メートルほどだった。
 福島県富岡町の夜の森地区は原発事故で避難を強いられた町のひとつ。人口はまだ全体の1割にも至らない。多くの人々が同県のいわき市や郡山市に避難しているという。これまでゲートの外からしか眺めることができなかった桜並木に1日限定でバスが乗り入れ、町民は9年ぶりにふるさとの桜を楽しむことができたという。
 彼らはどんな思いで今年の桜を眺めたのだろう。懐かしいふるさとの風景に思いもひとしおだったかもしれない。ふるさとを持つ人々のことをまた想像し、思いを寄せてみた。【中西奈緒】

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