卵の話

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 土曜日の朝、7歳男児が「パンケーキ食べたい」というので、冷蔵庫を開けた。目にしたのは空っぽの卵入れ。これはまずい。
 ただでさえ土曜学校の朝はグズられる。「卵がなくてパンケーキが作られないの」などとはとても言えない。ふだんはシリアルで満足している宅の7歳児だが、「パンケーキ食べたい」日には、是が非でもそれを所望する。
 急ぎ検索サイトで「卵なし、パンケーキ」と打つ。検索上位の画像を見ると、卵なしでも何とかなりそうだ。
 卵は「つなぎ」である。パラパラになるかも。ふっくら仕上がらないかも。蓋でもしてみるか。いつもは適当に作るパンケーキも、この日は入念に観察しながら思考を巡らした。
 下2人は、感想を聞きたい毋の気も知らずペロッと食べ終わった。最後に起きてきた長女はすぐに違いを口にした。「いつもよりふっくらしていておいしい」。得られた結果は「卵なしでも問題なし。逆においしい」ということ。
 失敗もなくおいしくできるのに、なぜ卵が必須とされるのか。粉会社と卵業界の結びつきか? パンケーキが成功し無事子供を登校させた開放感から、余計な方向へ思考が展開。
 卵業界というキーワードからイースターエッグが思い浮かんだ。キリスト教にとってもっとも大切な「復活祭」につながる重要なイベントである。一般的日本人の宗教観しか持ち合わせない者からすると、バレンタインデーチョコ同様、業界に踊らされているように聞こえるイースターエッグハント。ところが、ネットの百科事典によると、卵を飾る習わしはキリスト教や復活祭が起こる以前からあったのだという。そんなに古くからある習慣だったとは。何についてもうがった見方はするものではない。
 ユダヤ教でも3月から4月の「過ぎ越しの祭(Passover)」で固ゆで卵を食す。塩水で味付けした卵はエルサレムを目指したユダヤ人にとって信仰のシンボルとして用いられたのだという。イスラエル出身の友人もその日の夕食を楽しみにしていた。
 週末、ユダヤ教会が狙われ、またも尊い命が失われたことにやるせなさと憤りを感じる。【麻生美重】

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