1万5千ドルの話

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 銀行から届いたステートメントに、前月引き出したはずの金額がまだそのまま記載されていることに気づいた。その額、1万5千ドル余り。銀行に行って訂正しなくてはと判断した。
 日本で銀行員をしていた親戚からはかつて、10円違っても帳尻が合うまで残業すると聞かされたことがある。同じ頃、アメリカの銀行に勤め始めた友人が、「今日は100ドル計算が合わなかった」と笑いながら遅れもせずにパーティーに来た時には日米の差に驚いたものだ。が、今回は金額が金額だ。日本で子供の頃、公園で時計を拾って交番に届けたことを思い出しながら銀行に向かった。
 ところが、良いことをしているつもりが様子が違った。
 事情を説明すると、迷惑顔のマネジャーは、そんなことがあるはずないと力説。そこで、大金を引き出した際のキャッシャーズチェックのコピーを見せたところ、ようやく事態に気づき、ここでちょっと待っていてくれと言って姿を消した。ちょっとのはずが、待てど暮らせど戻ってこず、何か自分が悪いことをしたような気分になって来る。そのまま40分以上経ち、しびれを切らして銀行内を探すと、彼女は受話器を手に上役からの指示を仰いでいる最中だった。
 私の姿に気づくと、「電話番号をここに書いたら、帰っていい」と一言。それは無いだろうと説明を求めると、満期になった定期預金についてスタッフが、小切手口座への入金とキャッシャーズチェック発行の双方の手続きを行ってしまったために起きたことだったという。
 その間、ミスをして悪かったとか、連絡してくれてありがとうとの言葉は一切無し。厄介ごとが持ち込まれたものだとの表情がありありで、私が知らせに来なければ誰にとっても良かったのだろうかとの思いさえ湧き上がった。
 アメリカに来た時、「ファインダー・イズ・キーパー」という言葉に驚いたことを思い出した。この1万5千ドルも、そのままにしておけば良かったのだろうか。
 正しいことをしたと信じているが、果たして良いことをしたのかどうか分からなくなった。読者の皆さんならどうされただろう。【楠瀬明子】

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