「二度と繰り返さないで」: 日系諸団体 、政権の移民政策に抗議

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トランプ政権の移民政策に抗議するため集結した日系諸団体やコミュニティー団体のメンバーら

 小東京の日系諸団体やロサンゼルス地区で活動するコミュニティー団体は27日、移民の子どもたちを収容するためオクラホマ州にあるフォートシル軍用基地を活用するというトランプ政権の計画に反対する抗議集会を全米日系人博物館前の広場で行った。第二次世界大戦中に強制収容所に送られた日系人らも参加し、「私たちに起きたことが二度と繰り返されないように」と呼び掛け、政権の移民政策に抗議した。【吉田純子、写真も】

 保健福祉省(HHS)は今月11日、増え続ける移民の子どもの数と、収容施設の不足に対応するため、保護者を同伴せず単独で国境に到着した移民の子どもたちおよそ1400人を、早ければ来月にもフォートシル軍用基地に収容する計画を発表した。
 フォートシル軍用基地は日系人が戦時中に収容されていただけでなく、かつて故郷を追われたアメリカ先住民が収容されていた場所でもある。
 抗議集会では日系人のほか、先住民の血をひく人々も参加。移民の子どもたちを施設に収容することに抗議し連帯を表明した。


抗議集会に集まった人々。プラカードを掲げ政権の移民政策に反対する人の姿も

 日系市民団体「ツル・フォー・ソリダリティ(団結のための折り鶴)」のメンバーは22日、移民の子どもを施設に収容する計画に抗議するためフォートシル軍用基地前で記者会見を実施した。しかし軍用基地の警察職員に場所を移るよう促され度々中断させられる場面もあった。
 同団体のメンバーで先祖が日系人強制収容所に入れられていたという日系4世のジョイ・ヤマグチさんは「子どもが親から引き離され強制的に収容所に入れられるのは不当な扱い。強制収容を経験した日系人の子孫のひとりとして、過去に日系人に起こったことが再び繰り返されないよう、今こそ団結しより良い未来のためにわれわれも闘うべきだ」と訴えた。


過去に日系人に起きたことが繰り返されないよう連帯を呼び掛ける日系市民団体「ツル・フォー・ソリダリティ」のメンバー

 今年5月には親の同伴なく単独で国境に到着した移民のこどもの数は1万1千人にのぼり、現在、保健福祉省では1万3350人の移民の子どもを拘束しているという。保健福祉省の難民再定住室(ORR)の統計によると、今年度の子どもの移民の数は前年比57%増の4万891人。

不法移民の子を親から引き離されないよう訴える垂れ幕

 これまでに不法移民の子ども7人が収容施設で死亡したことなどを受け、移民の子どもへの待遇や、施設の環境を巡り現在批判の声がでている。
 フォートシル軍用基地は1869年に設立され、日系人の歴史を継承する活動を行う日系団体「デンショウ」によると、第二次世界大戦中はおよそ700人の日系人が収容されていた。
 1942年5月12日には同基地に収容されていた日系1世のひとりで精神疾患を抱えていたカネサブロウ・オオシマ(長野県出身)が監視兵に射殺される事件が発生している。オオシマは妻と11人の子どもたちと離ればなれになったことに耐えられなくなり脱出を試みたとされる。銃弾は頭部に命中し、死の直前、オオシマは鉄柵をよじ登り、泣きながら「家に帰りたい」と叫んでいたと伝わる。

政権の移民政策に反対し連帯を呼び掛けるメッセージボード

 さらにさかのぼると1894年には故郷を追われ当時の米政府に身柄を拘束された400人近いアパッチ族の人々が同基地に収容されていた。その中にはアパッチ族のリーダー、ジェロニモも含まれ、彼は同基地で亡くなった。基地には寄宿学校も設立され、同化政策の一環として先住民の子どもたちを親もとから引き離し、英語を強要し先住民族の文化や伝統、言語の使用が禁じられた。
 連邦政府が移民の収容施設として軍用基地を使うのは今回が初めてではなく、2014年に当時のオバマ政権が中央アメリカからやってきた移民の子ども数百人を4カ月収容した経緯もある。
 今回の抗議運動のために集結した日系諸団体はイーストウエスト・プレイヤーズ、日米文化会館、全米日系人博物館、リトル東京サービスセンター、マンザナー委員会、ニッケイ・フォー・シビルライツ&リドレス、ニッケイプレグレッシブ、チューズデー・ナイト・プロジェクト、ツナ・キャニオン収容所連合、ビジラントラブ、ビジュアルコミュニケーションズなど。
 同日は同様の抗議集会がサンフランシスコやサンノゼの日本町でも行われた。

施設に収容された後亡くなった不法移民のこどもたちの写真を貼ったプラカードを抱える子どもたち

プラカードを掲げ抗議集会に参加した人々

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