肉眼に映る世界

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 今、私は夢の中である。というのは、現実のすべての風景が、すがすがしく輝いて見えるからである。事務机の向こうに広がる裏庭は、白、紫、黄色、オレンジ、ピンク、赤の花々の色が飛び交い満ちて、光輝いている。木々の葉の先は銀色や黄緑の光がキラキラ無数に踊っている。なんて美しい庭だ。長年手入れしてきた甲斐がある。室内を見回すと、明るい光に照らされ、テーブルも本棚もすべてがいきいきしている。質素な家だが悪くない。と、これは左目の話だ。10日前に白内障の手術をした。
 ふと、右目だけで同じものを見た。庭はどんよりとフラットで、花の色は色彩も数も半減し、茶色っぽい緑の中に埋没している。室内は古っぽく、いつもの見慣れた自分の家だ。
 左目、右目、スイッチする度に、夢のような天国と退屈な現実の間を往復する不思議な体験をした。左目は手術後の過渡期で、まだ目に入る光を調節できず、光が過剰に入る状態。右目は見る機能が少し衰えている状態と考えられる。左右の目の状態で、同じ現実を見ているはずなのに、見える世界が違う。肉眼に映る世界がどれだけ信用できるものなのか、考えさせられた。
 最近は携帯カメラの性能が素晴らしく、肉眼ではとても見えない小さな世界を目の覚める映像で捉えてくれる。平凡なセルフィーも光の露出度を変えたり、フィルターを掛けたりし、現実とは似ても似つかない顔と風景に作り変えることができる。
 操作されている嘘だと知っていながら、夢見る虚構の世界に魅了され、影響されるのが人間の心理だ。それを巧みに利用し、非現実を現実に装って発信している場合も多い。
 どこまでが現実で、どこからが虚構の世界か、冷静に見分けるには、翻弄されない知性がいる。長年の体験を通して培った自分の目への信念がいる。
 とはいえ、加齢と共に、目も、耳も、五感すべてが衰え、違う現実になり始めた。私の現実は必ずしも他者の現実ではない。それを理解するきっかけとなった。【萩野千鶴子】

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