坂本さんに旭日単光章授与:在留邦人への福祉功労で

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勲章伝達式

千葉総領事(右)から「旭日単光章」の賞状を受け取る坂本さん

 日本政府の令和元年(2019年)春の叙勲で、元ソーシャルワーカーの坂本安子さんに対する伝達式がこのほど、ハンコックパークの総領事公邸で行われ千葉明総領事から「旭日単光章」が授与された。在留邦人への福祉功労が認められた受章に「支えてもらった皆さんのおかげ」と、周囲の協力に感謝した。

伝達式で千葉総領事(右)から「旭日単光章」を授与される坂本安子さん

 あいさつに立った総領事が坂本さんの略歴を紹介した。ソーシャルワーカーとして日系社会と日米関係に果たした多大な功績を高く評価し、日系社会の社会福祉の礎を築いたことを称賛した。
 福島出身の坂本さんは明治学院大学社会学部で社会福祉を学んだ。卒業後、東京都内の神経内科で、ケースワーカーとして患者をケアした。1976年に渡米し、78年からロサンゼルスで最初に設立されたアジア系向けの社会福祉サービス団体で、ケースマネジャーとして1年半働き実績を積んだ。
 80年に設立されたリトル東京サービスセンター(LTSC)に最初のスタッフとして参加。心理カウンセラーの資格を取得し、日英バイリンガルのソーシャルワーカーとしてキャリアをスタートさせた。英語が不得手な1世の高齢者や新1世に対して、福祉が受けられるようサポートを行った。
 文化と言語を考慮に入れた数々のプログラムを発展させたほか、公的機関からの資金調達、他の団体との協力関係強化、各分野の専門家との連携なども進め、LTSCが多種多様なサービス・プログラムを提供できるようになる礎を築いた。96年に同センターの初代社会福祉部長に就任し、多くのソーシャルワーカーを監督、育成に努めた。
 退職後は、リーダーシップ、メンターシップやセルフケアなどを目的とした「さかもと塾」を発足させ、現在、未来の地域社会のウエルネスにつなげる活動している。36年間にわたり日系社会の精神衛生および社会福祉の発

夫のウオルターさん(右)と乾杯する坂本さん

展に大いに貢献した功績が認められ、昨年には南カリフォルニア大学(USC)内に設立された「カリフォルニア社会福祉功労者ホール」に名前を刻まれる殿堂入りを果たした。
 坂本さんが謝辞を述べ「退職して3年が経ったLTSCを抜きにして話はできない」と切り出した。その活動では「時間と物資、寄付金などを提供してくれた多くの人々や団体の援助に感謝したい」と述べた。自身の業績については「コラボレーターであるボランティア、指導者、友人、同僚そして家族からの支援のたまもの」と表現した。
 専門のソーシャルワークの分野については「地域社会にあるリソースや強力なネットワークを賢く、そして効果的に利用することが必須である」とし、地域社会の支援団体やその他さまざまな団体とのコラボレーションの重要性を説いた。多くの団体の中で特に深く関わった主要13の団体名を列挙し「これらは、パートナーシップを象徴していて、この受章は私だけにではなく、これまで支えてくださった人々や諸団体と共有したい」と、代表の一人

謝辞を述べる坂本さん

としての受章を強調した。元同僚と元部下に対しては「思いやりとケアの心を持つパートナーたちとともに組んで強力な力を生み出し、同じ目的を持って支援のニーズのある人々へのサービス活動ができたことはとても幸運だった」と振り返った。
 今年2月に長兄が他界したことを明かした。家族は貧しい農家で、父親は坂本さんが3歳の時に5人の子どもを残して亡くなったという。家族を養った長兄が大学進学を諦め、高校以上の教育は重要ではない時代だったことから、母は坂本さんの大学進学を反対したが「東京に出て働いてお金を貯めて大学に行きたい」と頼み込んだ。やっとのことで認めてもらい、ソーシャルワーカーへの道が開かれることになる。
 長兄は自身の家族6人の扶養に加え、坂本さんに「大切なチャンスを逃してはならない」と、励まして夢の実現をサポートし続けたといい「勇気を与えてくれた長兄のサポートがなければ、今日私はこうして皆さんの前に立っていないと思う」と感慨深げに述べ、叙勲を天国の恩人に捧げた。
 多くの社会的弱者とその関係する人々を救った坂本さん。その中の一人の馬上真理子さん(障害者を持つ日本語を話す親の会元会長)が祝辞を贈った。

祝辞を贈る馬上真理子さん

馬上さんは「約30年前に出産した際に大得意になったが、子供が障害児と分かり世の中がひっくり返った」と話した。それまでとは全く違う世界が始まり、落ち込む中、心配した夫がLTSCに連絡すると、坂本さんが手作りの肉じゃがを持参して家庭を訪問してくれ、さまざまな悩みを打ち明けたという。
 馬上さんは、知的・発達障害者のための加州の集中プログラムで学び専門的知識を身に着けた後に当時のLTSC所長のビル・ワタナベさんに相談して、障害者の親の会の結成の支援を頼んだ。「もちろんヘルプするよ」と快諾され「LTSCとビルさん、安子さんにはずっとお世話になってきた」と恩に着る。励ましあった親たちの会は「今年25年周年を迎えて、素晴らしい会に発展した」と胸を張った。「ビルさんと安子さんが始めたLTSCのレガシーは、ずっと伝えていかなければならない」と力を込めた。
 伝達式に参加したLTSC創設者のビル・ワタナベさんは、坂本さんが日本語を母国語とする人々のためのソーシャルワーカーの草分けであることを強調する。坂本さんに初めて会ったのは1978年で、翌年にLTSCを創設し、80年から本格的な活動に乗り出したという。

LTSC創設当初の同僚のビル・ワタナベさん(左)とエブリン・ヨシムラさん(右)から祝福を受ける坂本さん

「最初は3人で始めた。私が資金集めなどの団体運営をして、オフィスのマネジメントをエブリン・ヨシムラさんに任せ、ヤスコは日本語を話すクライアントに対応して他の誰一人としてできない素晴らしい仕事をやってくれた。創設時から引退するまでの32年間、ヤスコとは本当にいいパートナーシップを組むことができた」と振り返った。坂本さんがプログラムをゼロから作り、時代に合わせて作り替えて発展させたことを絶賛。さらに、日本から学びに来たソーシャルワーカーにも惜しみなく指導し「ヤスコは、本当にソーシャルワーカーの鑑だ」と述べた。【永田潤、写真も】

勲章伝達式には元同僚や支援者、家族など約40人が参列し、坂本さんの受章に喜びを分かち合った

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