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ウォーホル巡礼

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 先日ピッツバーグにあるアンディー・ウォーホル美術館と彼の墓を訪れ長年の夢を叶えた。ニューヨークで活躍したアンディーだが、両親はスロバキアからの移民でピッツバーグに居を構えアンディーもそこで生まれる。
 アンディー・ウォーホルとの出会いは70年代初頭、高校の選択科目『現代芸術の思想と表現』というクラスだったと記憶する。授業では美術以外の映画や音楽の分野も含まれ、ピンク・フロイドやベルベット・アンダーグラウンド、ジョン・ケージなどにも考察が及んだ。映画では若松孝二や大島渚の名を知ったのもこのクラスだった。
 整然とはいえないように並んだコカコーラの壜、新聞か雑誌に載ったマリリン・モンローの写真を使い、幾つかは描きかけのような状態。 未完成さが気になりこれが芸術作品だといわれ、戸惑った。またキャンベルスープの缶やブリロ・ボックスなど日用雑貨のカートンボックスも作品だが、美術雑誌に載った写真では実物かレプリカかも識別できず、コンセプトも理解しにくかった。
 当時聴いていたベルベット・アンダーグラウンドのバナナのジャケットもアンディーによるもので、そんなもやっとした気持ちも聴覚と視覚の両方から迫られ何となく把握できるようになっていった。
 1974年には東京と神戸の大丸百貨店の特設会場で日本初の展示会が朝日新聞によって開かれ、アンディー自身も訪日したようだが、会場が美術館でなかったことで本人は気分を害したそうだ。シルクスクリーンで刷られたこの展示会のポスターは額に入り我が家の壁にかけられている!
 小雨が残った朝、ピッツバーグ市内から電車で30分ほどの郊外にある彼の墓をたずねた。箱根、ヨーロッパの田舎町を思い起こさせるピッツバーグの郊外の墓地。墓の前に立つ電柱にカメラが設置してあったが、監視だけの目的だけでなく美術館のウェブサイトで中継がみられ、スマホがあれば自分たちの訪問状況が2分ほどのタイムラグで見ることができる。エンパイア・ステート・ビルディングを8時間強ただひたすら映しただけの映画『エンパイア』を思い起こさせる粋な計らいだ。【清水一路】

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