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柿食へば

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 コレステロールの数値が良くないと言われてから、パンやご飯を控え目にするようになり、朝食はヨーグルトにフルーツを入れて食べるのが日課になっています。フルーツは季節によって様々なものを小さく刻んで入れます。りんごやバナナやオレンジは一年中あるので目新しさはないですが、季節感のないこの国でも、柿や梨やブドウなどの果物を見るようになると、秋の訪れを感じます。
 秋の味覚を秋色で彩る柿は、縄文時代から日本で食べられていたそうで、鎌倉時代までは柿と言えば渋柿のことだったようです。それが突然変異と品種改良が実を結んで、甘い柿が食べられるようになりました。現在では種もなくシャキッとした食感を思い出すと、ついつい手が伸びてしまいます。
 ところで、俳人の正岡子規も柿が大好きであったそうです。正岡子規と親交のあった天田愚庵という禅僧がいました。愚庵は京都嵯峨野の落柿舎に住み、毎年庭で収穫した柿の実を、柿が大好物だった子規に送っていたのだそうです。ある年、子規は愚庵から届いた柿の礼状に、次のような歌をしたためました。「柿の実の 渋きもありぬ 柿の実の 甘きもありぬ 渋きぞうまき」
 なぜ「渋きぞ、うまき」と詠ったのでしょうか。晩年の子規は病気がちで、余命いくばくもないことを自覚していました。子規が柿を好むことを知っていた愚庵は、すこしでも早く好物の柿を届けたいと思い、渋いも甘いも判断できぬまま柿の実を贈ったのでしょうか。一口かじった渋さは薬の苦さを思い起こし、深い感謝の情が「渋くても美味い」と言わせたのかもしれません。
 1895年の10月26日に子規が、「柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺」と詠んだことから、この日が柿の日とされています。外国の方にも知られているこの有名な句は、私たちに様々なイメージをさせます。子規が松山から上京する途中に立ち寄った法隆寺の境内の散策の後、休憩をとった茶屋で出された柿を食していると、境内の大きな鐘楼から時を告げる鐘の音が響きます。口に残る好物の柿を頬張りながら鳴った鐘に、何を思ったのでしょうか。【朝倉巨瑞】

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