「きのこ雲の下で―広島、長崎と原爆」展:語られなかった日系人被爆者の資料も

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全米日系人博物館で11月9日〜6月7日

全米日系人博物館で開催される特別展「きのこ雲の下で―広島、長崎と原爆」で展示される資料。写真左から米軍が撮影した長崎への原爆投下時に発生したきのこ雲(1945年8月9日午前11時2分)、2016年に広島を訪問したオバマ前大統領が折った折鶴、米軍が原爆投下後に撮影した広島の原爆ドーム付近の様子(1945年11月)

 全米日系人博物館(JANM)は、11月9日(土)から2020年6月7日(日)まで、特別展「きのこ雲の下で―広島、長崎と原爆」を開催する。解説パネルや映像と共に、これまであまり語られることのなかった日系人被爆者についての資料も展示する。

 1945年8月6日、広島に人類史上初めて原子爆弾が投下され、3日後の8月9日には長崎にも投下された。二つの都市は瞬く間に破壊され、無差別に多くの命が奪われた。
 同展では、広島と長崎の原爆の歴史を、広島平和記念資料館が作成した解説パネルで伝えると共に、被爆者が身に着けていた衣類や所持品など被爆資料も展示する(被爆資料の展示は20年3月1日まで)。
 広島市と長崎市からの資料の中には、16年に現職の大統領として初めて広島を訪問したオバマ前大統領が折った折鶴も含まれる。折鶴をはじめ複数の資料が西海岸では初展示となる。
 さらに、在米被爆者(日系人被爆者、在米日本人被爆者)についての展示もある。広島は戦前、多くの移民を米国に送り出した移民県の一つ。こうした移民家庭の子どもたちの多くは日本語や日本文化を学ぶため、また日本の親戚を訪ねて日本を訪れていた。開戦時の広島にはおよそ3千人の日系人が暮らしていたと推定され、彼らは日本にとどまらざるを得なくなり、広島で被爆した。
 戦後、米国に戻った日系人被爆者、また戦後米国に移住した日本人被爆者らは、原爆の後遺症や差別と向き合うだけでなく、原爆を落とした国で暮らすことから生じるさまざまなジレンマや苦難にも直面した。
 多くは自らの経験に口を閉ざし、この無言の記憶は、彼らの子どもたちの世代にも深い影響を及ぼした。JANMではこうした日系人の歴史から見た原爆について、解説パネルや映像で展示すると共に、6人の日系人および日本人アーティストの原爆をテーマとした現代美術も展示する。
 日系人被爆者の歴史は、原爆は敵や味方、そして国籍や民族にかかわりなく、すべてを破壊するものであることを伝える。
 開催初日には「Passing the Legacy: Hiroshima and Nagasaki」と題し、午後2時から4時まで、日系人被爆者による体験談の講演、広島平和記念資料館の滝川卓男館長によるプレゼンテーション、日系人被爆者についてのショートフィルムの上映を予定している。
 同展は来年が広島と長崎への原爆投下から75周年を迎えるのに合わせ、JANMが広島市、長崎市と共に開催。きのこ雲の下で起きていた原爆の歴史的事実を伝え、二度とこうした惨劇が起きぬよう、来館者に平和について考える場を提供できればとの思いが込められている。
 JANMの開館時間は火曜から日曜が午前11時から午後5時まで。木曜は正午から午後8時まで。入館は閉館時間の30分前まで。月曜、感謝祭、クリスマス、元旦は休館。
 入館料は大人16ドル、シニア(62歳以上)7ドル、学生(要ID)と6歳から17歳が7ドル、JANM会員と5歳以下は無料となっている。毎週木曜午後5時から8時までと第3木曜日は入館無料となっている。
 詳しい情報はホームページ―
 www.janm.org

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