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ウィリアムソン山で登山客が人骨発見:マンザナー収容の日系人と判明

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マンザナー強制収容所跡地にある慰霊塔(写真=吉田純子)

 昨年10月7日、シエラネバタ山脈のウィリアムソン山で発見された人骨が検死の結果、第二次世界大戦中にマンザナー強制収容所に収容されていた日系人ギイチ・マツムラさん(当時46歳)であることが分かった。【吉田純子】


ギイチ・マツムラさん(インヨウ郡シェリフ局フェイスブックページより)

 マツムラさんの遺骨はウィリアムソン山をハイキングしていた登山客によって発見された。発見者が地元テレビ局に語ったところによると、最初、遺骨は動物の骨のように見えたが、近づいて見てみると人間の頭蓋骨であることがわかったという。
 冬季の気候の影響により遺骨の回収作業は遅れ、同月10日に回収され、インヨウ郡検死局に送られ、DNA鑑定でマツムラさんの遺骨であることが判明した。
 1945年7月29日、マツムラさんは収容所で趣味となった絵を描くため、釣りのグループに同行しシエラネバタ山脈にある湖に出かけた。8月2日に絵画に専念するため釣りのグループ一行と別行動をとったが突然嵐に見舞われ行方が分からなくなった。一行はマツムラさんを探したが見つけることができなかったという。
 マツムラさんの家族や友人はマツムラさんが行方不明になった後も戦時転住局(WRA)の許可を得て、捜索活動を続けたが発見には至らなかった。
 しかし同年9月3日、地元住民が湖付近でマツムラさんの遺体を発見。同月6日にマンザナー強制収容所のメリット所長がマツムラさんの遺体を発見現場に埋葬することを許可し、収容者6人が現地に向かい遺体を埋葬した。
 遺体は標高約1万2千フィート(約3660メートル)の場所に埋葬されており、マツムラさんの娘カズエさんが2018年に語ったインタビューによると、発見現場から遺体を山のふもとまで運ぶのは困難だったため、その地で埋葬されたという。埋葬後、収容所では仏教会による葬儀が行われた。
 マツムラさんの妻イトさんとカズエさんを含む4人の子どもたちはその2カ月半後にマンザナー強制収容所から出て、戦前暮らしていたサンタモニカに戻った。
 マツムラさん亡き後も妻イトさんの要望により、一家は戦後も数回にわたってマンザナー強制収容所の跡地を訪れていた。マツムラさんが埋葬された場所に行くことは困難を極め、跡地から亡き人の冥福を祈っていた。
 

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