言いにくいことを

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 今冬、シカゴは例年にない暖かさで雪も少なく、今のところ文句など言えない新年をむかえた。
 第2土曜日には当地の柔道道場、闘魂柔道アカデミーの恒例行事「鏡開き」でコミュニティーをあげての餅つきが行われ、昨年をはるかに上回る人出に館内は熱気がこもっていた。蒸しあがったもち米の蒸篭(せいろ)が石臼に空けられ、黒帯の柔道の猛者から子供まで、掛け声も勇ましく次々とつきあげられた餅は、丸められたり餡を包み込まれて並べられる。
 この作業のリーダーはいまだに元気な80から90代の二世や新一世の女性のボランティア。
 エプロンや手、顔までコーンスターチで真っ白にした若い参加者も楽しそうに挑戦している。
 そんな喧騒(けんそう)の中で、隣のAさんがこっそり話しかけてきた。
 「あの人ねえ、去年もそうだったんだけど…、髪の毛何とかならないかしら」
 彼女の視線の先を見るといつもイベントがあるたびにこまめにボランティアをする三世のB氏が、参加者が持ち帰る餅をプラスチックのバッグに入れている。
 彼の白髪交じりの長髪は肩からさらに10インチほど長く垂れていて、彼が動くたびに顔のあたりで揺れている。確かに食べ物をさわるには「どうも…」という感じである。
 「そうね」と返事をした途端にAさんが私の手にヘアネットの袋を握らせて、「これかぶってもらってね」とささやく。
 「えっ、わたしが?」と言うとこくんとうなずいて、
「私、言いにくいのよ。一生懸命やってくれてるもの」と言う。
 私だって言いやすいわけはない。仕方なく引き受けたが果たして彼がかぶってくれるかどうか、保障の限りではない。
 できるだけB氏の顔を見ないようにして、
「すみません、これかぶってくださいね」とネットを差し出すと「オーケー、サンキュー」と気持ちよく受け取ってくれ、輪ゴムで長い髪をきゅっと縛ると丸め上げてネットをかぶってくれて思わずほっとした。
 案ずるより産むがやすしとはこのことか。人間、時には言いにくい事を言わなければならないこともあるんです。
 「新年おめでとうございます。本年もどうぞよろしくおねがいします【川口加代子】

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