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地域社会とともに40年:リトル東京サービスセンター

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三本柱で日系支える

サウスベイ事務所の開設を祝い、赤いリボンを掲げる関係者ら=2016年(LTSC提供)

 南カリフォルニアで社会福祉サービスを提供する「リトル東京サービスセンター(LTSC)」は今年創設40周年を迎える。1980年10月、小東京にオフィスを構えた創設時のスタッフは、所長のビル・ワタナベさん、バイリンガル・ソーシャルワーカーの坂本安子さん、事務員(現コミュニティー・オーガナイジング・ディレクター)のエべリン・ヨシムラさんの3人。弱者を救う社会福祉サービスを活動の柱にしてスタートしたLTSCは、40年間でプログラムの増加とスタッフ増員を進め地域社会になくてはならない団体に成長した。子ども、若者、家族、高齢者の全世代の暮らしをサポートする社会福祉部、住宅やホームレスの問題、地域のビジネス支援まで幅広く取り組む地域開発部、日系社会で育まれてきたスポーツで地域を結ぶテラサキ武道館。今年の新年号ではこれらLTSCの「社会福祉・地域開発・テラサキ武道館」の三本柱に焦点を当て特集する。【麻生美重】

助け必要な人に手差し伸べ
ワタナベ初代所長
LTSC誕生前年の79年を語る

 リトル東京サービスセンター誕生前年の1979年。当時、日系社会で助けを必要としていた人たちに手を差し伸べるため総合的な社会福祉サービスを提供する団体の創設準備が続けられていた。
 ツネイシ保険会社で働き日系市民協会理事だったポール・ツネイシさんが先頭に立ち、日系社会でサービスを提供していた複数のグループをまとめ、より良いサービスを一カ所で提供できる事務所の開設を目指していた。私は当時パイオニアセンターでソーシャルワーカーとして務めており、ツネイシさんのそのアイデアをすばらしいものだと感じ彼の計画に大賛成だった。

LTSC創設当時の(左から)坂本、ワタナベ、ヨシムラ(LTSC提供)

 日米文化会館(JACCC)はその時1980年3月の開館を目指して建設中だった。賃貸料金は高くなることが予想されたので、入館予定の小さなグループは資金的に苦しい立場に置かれていた。彼らが受けられる交付金がないか調べを進めていると、社会福祉サービスが申請できそうな補助金があり、すぐにツネイシさんが手続きをした。この時に作った新しい団体が後の「リトル東京サービスセンター(LTSC)」である。「日系人サービスセンター」とすべきだとの声もあったが、「リトル東京」の方が日系に限らずインクルーシブ(包括的)だという意見もあり、リトル東京で決定した。1979年の6月までに団体登記の書類の下書きを書き上げ、非営利団体としてIRSの非課税ステータスも許可され、補助金が支給された。日系の2世、3世からなるLTSC理事会はこの新たな社会福祉サービスの正式な立ち上げを1979年秋とし、JACCCへ移る準備を始めた。

80年代に小東京で行われていたLTSCの高齢者送迎サービス(LTSC提供)

 1980年1月、私は初代所長に任命された 。組織の運営に必要なロサンゼルス市からの資金が市議会の了承を得る前のことだったので、 日系社会が提供した約9千ドル(6カ月分)の初期資金とLTSCの理事らが開いた資金集めのディナーで得た資金でやりくりしながら、9月になってようやく市の了承を得たのだった。10月に坂本安子さんとエベリン・ヨシムラさんを迎え、 JACCCの新オフィスで社会福祉サービスの提供をスタートさせた。
 私たち3人はLTSCを「一カ所で総合的なサービスを提供する多目的コミュニティーサービス機関」とすることとし、次の4つの方針を掲げた。
 ①きめ細やかで質の良いサービス②尊敬の念を持ったサービス③分け隔てのないサービスを提供し④職員はチームワークを尊び、相互援助する。
 これら4つの基本方針を基にスタッフは理事会とともにコミュニティーサービスを的確に行うことで評価を得て、プログラムを増やすことに努めてきた。現在LTSCはカウンセリング、託児サービス、低所得者向けの住宅事業、ビジネスのサポートなど、重要なプログラムを含む幅広いサービスを乳児から高齢者、何千人もの人に提供し、さらにより質の高い暮らしを送ってもらうためのサービス向上にも取り組んでいる。

「利用者から教えられた」
ソーシャル・ワーカー坂本安子さん

 羅府新報からLTSCの40周年への寄稿依頼があり、はじめに私の頭に浮かんだのは、業務を始めたばかりのLTSCを機会があるごとに羅府新報が取材して記事にし日系社会に紹介してくれたことだ。あの当時、福祉サービスは地域社会にあまり浸透していなかったのでとても助かった。
 LTSCを信じてサービスを利用して下さった方々にまず感謝の意を表したい。そしてLTSCの理事ならびに優れたリーダーシップを発揮した渡辺・松林両所長、パッションとコンパッションを持ち努力とチームワークで日々のサービスに携わる職員、LTSCをいろいろな形でサポートをしてくれた人々、諸団体にも謝意を伝えたい。地道ではあったが現在の堅実なLTSCがあるのはこれらすべてのたまものであると言っても過言ではないと思う。
 サービスの利用者からはたくさんのことを教えてもらった。その中のひとつ「将来何かあった時に」を紹介しようと思う。
 LTSCが始まって15年目ほどしたころ、50代の邦人女性がオフィスを訪ねて来た。受付で私を指名したらしく面接をすることになった。女性が待つ部屋に私が入ったとたん、彼女の顔に涙が滝のように流れた。詳細を聞くと、病気がちだった夫が最近3人の子どもを残して亡くなり途方に暮れていると言う。日本の両親は二人とも高齢で援助ができない。彼女は話しながら身分証明書用のケースから黄色くなった新聞記事を出し私に見せた。それは羅府新報が掲載したLTSCの身の上相談の記事の切り抜きだった。「万が一の時のために」と保存しておいた小さな切り抜きが彼女の危機を救うきっかけになったのである。彼女が子どもと4人で生活ができるようにLTSCは周辺のリソースを使いながらサービスを提供。彼女の生活は次第に安定していく。もしこの時「記事の切り抜き」がなかったら事態はもっと深刻になっていたのではと感じたことを思い出す。「備えあれば憂いなし」ということわざがあるが、私は彼女の訪問でとても考えさせられた。何か事が起きてしまった時にいろいろと考えるのは難しい。今のうちに、若いうちに、何ごともないうちに将来を考えて準備をしておくことがいかに大事かを教えられた。
 人生では予期しないことが起こる。そのため、ある程度の準備をするのはとても大切である。健康面では健康管理、経済面では仕事、老後のための蓄えなどだ。それらに関連したサービスは誰もが抵抗なく利用する。豊かな情報を持っていれば、これから起きることが予測でき対応するのも楽になる。情報が問題解決につながることもある。LTSCは普段からいろいろなトピックを扱って講座を開いているので、社会福祉分野のサービスも気軽に使ってほしいと思う。

今後3年間の大綱示す
エリック・ナカノ所長
住宅と地域開発事業促進

 昨年9月のディーン松林前所長の急逝により、その重要な役どころを受け継いだエリック・ナカノ所長。 約30年間LTSCに在籍する間、主に地域開発に取り組み、小東京1街北側の「ファーイースト・ビルディング(以下ファーイースト)」の購入とその物件の活用を担当。レジデンスサービス、低所得者向け住宅などに関わってきたナカノ氏がLTSCの今と今後3年間の大綱を示した。

小東京の地図を背景に写真に納まるナカノ所長(麻生撮影)

 低所得者向け住宅開発は地域社会において最重要課題に位置付けられる。「建物だけが重要なのではなく、そこで社会福祉サービスを行うことがより重要だと私たちは考える。職業訓練、精神的な問題解決、虐待などの問題も―。普通の生活を立て直してもらうことが目的となる」。LTSCのそうした考えから、新たな物件の購入プロジェクトではサービスを行うための事務所の併設を進めている。精神障害、薬物依存、虐待などが原因で住む場所を失い、悪循環が更生を阻み続ける。その環境から抜け出したいという願いを持つ人を救済するには、まず住居を確保することから始まる。ニーズのある人たちはシェルターを利用しソーシャルセキュリティーなどの個人情報を登録する。地域で居住可能な住宅が公開される場合、まずホームレスの人々のデータベースから入居希望者を募る。この手順を経てファーイーストに住めるようになった人も多い。住宅開発と社会福祉サービスがセットになった成功例がファーイーストである。ファーイーストは小東京にあるLTSCの事務所から近いため、スタッフは通いでサービスを行う。
  現在 はサンタモニカ通りとバーモント通りに購入した物件(部屋数200)のプロジェクトが進行中。昨年購入した小東京の南に位置する「旧梅屋あられ工場跡地」のプロジェクトもこれから加速させていく。小東京のテンプル通りと1街の間のアラメダ通りに近い「ゴー・フォー・ブローク」プロジェクトを合わせた3つが今後3年間の住宅開発事業のメインに位置付けられている。そしてそこで行われる社会福祉サービスが重要であることは前述した通りだ。 
 LTSCの住宅開発は小東京だけにとどまらず、中国、タイ、韓国、フィリピン、カンボジアの5民族がそれぞれ住む地域でも進んでいる。LTSCは過去40年で得たノウハウを生かしパートナーシップを組んだ地域社会と課題解決に向け取り組む。

2019年のホリデーパーティーで記念撮影に納まるLTSCメンバー(LTSC提供)

 小東京の地域支援事業もLTSCが全力で取り組んでいる事項の一つ。ナカノ所長は「現在ロサンゼルス市が保有する小東京の3カ所をLTSCが中心となるコミュニティー・グループがコントロールできるよう市側をプッシュしているところだ」と話す。
 また、メトロの小東京駅が新たに完成するのに伴い駅の敷地構内のビジネスがスタートする。その場所の運営権をめぐり昨秋までにメトロ側へ企画提案が行われた。小東京のコミュニティー以外に3つの団体が名乗りを上げているという。運営権を得られれば、地域で長く営業を続ける小規模なビジネスオーナーにリースナブルな家賃での店舗貸し出しを提案するというような地域支援策も盛り込める。ナカノ所長は「良いニュースをコミュニティーに届けたい」と期待を込めた。

[LTSCをホームと思って」
サウスベイ事務所
日本語話す利用者が8割

 木曜日の午前10時。ガーデナ市のガーデナバレー日系文化センター(JCI)にあるLTSCサウスベイ事務所では電話の受け答えをするボランティアの声が響いていた。忙しい朝である。事務所の奥にある個室ではカウンセリングが行われていた。
 社会福祉部高齢者サービスのエイミー・フィリップス部長によると「利用者の人数は日にもよるが、簡単な相談内容であれば平均4人から8人くらい、難しい問題だと一人で2時間かかることもある」。日英バイリンガルサービスを提供するこの事務所では日本語を話す日本人やその家族が利用者の8割を占める。3分の2は女性である。月曜日は家族・若者専門、火曜日は社会福祉とは別のスモールビジネス・カウンセリングを行う。相談内容は高齢者関係の保険、ソーシャルセキュリティー、介護についてがほぼ大半だが、最近は家賃の高騰に関するものが急増中だ。
 フィリップスさんは「ニューヨーク、サンフランシスコ、LAは同じくらい住宅コストが高いが、家賃と収入の差が一番大きいのはLA」と述べ、さらに「日本人・日系人で持ち家がない人は、白人・黒人・他のアジア系よりも経済的に不安定。最下位はカンボジア系でその次が日系」という深刻な実態を語る。 実際、日本人や日系人の多く住むサウスベイはLAのようなレントコントロールがないため大家が借り主に60日前に伝えさえすればいくらでも家賃を上げられる非常に不安定な地域。「日本人の大家も高騰する家賃相場にどうしたらいいか分からない様子」(フィリップスさん)
 加州では家賃の高騰が引き金となり路上生活者が急増した。「カウチ・サーフィン」(知人の家の居間を転々とする暮らし)、知人のガレージなどの敷地での仮住まい、車上生活、家庭内暴力(DV)から逃れたシェルター利用、これらを合わせるとその数は膨大になる。他人種にたがわず日系のホームレスも増加傾向にあるという。「日本人やアジア人の一部には恥や我慢の習慣があるため、ホームレスという実情をクライアントがなかなか話さない。何度かカウンセリングして初めて『実は住むところがない』というケースも」。フィリップスさんらソーシャル・ワーカーは、もう少し早くサービスを利用していれば最悪な状況を回避できたケースを多く見てきた。「あと3日で家を出なければ、となる前にLTSCに電話をしてほしい」。
 高齢の家族を持つ人にも早めの行動を勧める。米国の法律は日本と異なる面が多くある。例えば自身の財産管理に関して米国では委任状(Power of Attorney)と呼ばれる法的手段が用いられるため年齢に関わらず事前に委任状を作っておくことが大切だ。「というのも、家族の問題は簡単ではない」から。米国で生まれた子どもたちが日本人の親の世話をする段階になり、言語や文化の違いからコミュニケーションが取れずに困り果て相談に来るケースが後を絶たない。子どもが委任状の準備を始めると、親は「自分はまだしっかりしているのに」「自由が奪われる」と不安になる。家族間のコミュニケーションが適切に取れれば問題は解決する場合もあるので「関係が悪化しこじれる前に相談してほしい」とフィリップさんは話す。
 クライアントから相談があるとまず話を聞き、次に周辺のリソースから相談内容に合ったサービスを選びそれらを紹介する。世帯収入にもよるが、できるだけ無料かまたは低料金のサービスを提供できるよう取り組む。小東京にあるLTSCの事務所でも同様のサービスを提供する。本人が選択し行動できるようサポートするのがLTSCの役割。あくまでも主役はクライアントだ。
 ある時他州から事務所に電話がかかり「久しぶりにLAへ行く。おいしいラーメン屋さんを教えてほしい」と問い合わせを受けた。こういう質問を受けることは珍しいが「LTSCをホームだと思ってもらうことも広い意味での社会福祉サービス」ととらえフィリップさんは答えた。 「おいしいラーメン屋さんは二つ、三つありますよ。電話してみてはどうですか」

受けた支援 をPay Forward
地域社会でボランティア活動を
 
 嶋洋子さん(仮名)はある年の12月、米国移民局から「1カ月以内に国から出るように」と書かれた封書を受け取った。嶋さんは米国でやり残したことがあると感じ、滞在を延長できるよう弁護士や移民専門のエージェントに連絡、面会を試みたが「あなたのステータスでは在留は難しい」と、けんもほろろに突き返された。嶋さんは目にした広告「リトル東京サービスセンターのプログラム・リーガルエイドの法律無料相談」に「これが最後」と決意し電話した。
 予約し訪れた事務所は小東京のビルの中にあった。嶋さんは弁護士に「自分はあと数週間で出国するよう移民局に迫られている。4年前から婚姻状態だが2年以上別居中の夫Aがいる。米国人であるAのサポートで永住権を申請したが、Aが国外に移り自分の永住権のインタビューに戻らなかったため手続きが破棄された恐れがある」と伝えた。
 弁護士は細かくメモに取り「あなたはAから家庭内暴力(DV)を受けていましたか」と質問した。嶋さんはしばらく考え、自分より20センチメートル以上も背が高く体格の良いAから腕をつかまれたり押されて倒れたりしたことを伝えたが、その程度の行為がDVになるとは思っていなかった。弁護士は「言葉によるDV」「行動をコントロールし自由を奪う行為」「薬物を強要する行為」などを挙げ思い当たることはないかと聞いた。嶋さんは「すべて思い当たる」と答え、細かい内容を聞かれるがまま弁護士に伝えた。「あなたがこの国に残る方法はある。試してみますか」と問う弁護士に、嶋さんは「お願いします」と答えた。
 それからは指示された書類を集めては弁護士事務所に届け、確認を受けて次の書類をそろえる日々を送った。AによるDVを証明するため友人らの証言を得ることが中心だった。嶋さんには友人関係よりもAとの生活を優先させた時期があったため、友人から強力な証言を得るのは難しかった。だが弁護士は根気よく助言を続け、嶋さんも諦めず知人を回り、ついに有力な証言を探し当てた。弁護士は分厚くたまった書類をそろえ裁判所へ提出する意思を確認。嶋さんは書類に署名した。
 裁判所に行った日、手続きの終了を弁護士は嶋さんに伝えた。肩の荷が下り気の抜けたような感覚だったが、 いくら言葉を並べても足りないほど感謝の気持ちでいっぱいだった。
 嶋さんは当時、周囲の助けに対し感謝を伝えられていたかどうか自信が持てなかった。数年たち再婚と出産を経て受けた「米国での日本語子育てクラス」でLTSCのプログラムに再会し団体の趣旨にふれた嶋さんは、地域社会に役立つボランティアの活動に目覚める。周囲の人に助けられた当時の思いを忘れることなく自分にできるかたちで地域社会に「Pay Forward(恩送り)」しようと心に決めた。

すべての年齢層に
社会福祉部 シマダ部長

 社会福祉サービスとは、助けを必要とする人たちを公共のサービスで支えることにより公平な機会を持つことを促進し、より強力なコミュニティーを社会全体で構築しようとするものである。これをLTSCでは多言語でアシスタントし、年齢層においては乳幼児から高齢者まですべての世代へサービスを提供することとしている。サービス内容は、カウンセリング、ケアマネージメント、家庭内暴力被害者の支援、介護者の支援、心と体について学んだり健全な家計のあり方を学んだりするワークショップ、フードバンクからの緊急食料支援、 クライアントが必要とする初期費用を基金から貸し出すサービスなどがある。傘下の障害者グループ(JSPACCやNAMIなど)の情報を照会するなど、利用者の生活全般にわたってニーズを提供。ファーイースト・ラウンジでは社会からの孤立を防ぐためのプログラムを行っている。

ファーイーストラウンジで交流する人々(LTSC提供)

 2019年に社会福祉部が支援したクライアントは、12月初めの時点で1万2700人に上る。精神障害者、家庭内暴力被害者、ケアマネージメントに費やした時間は5415時間。高齢者のファーイースト・ラウンジ・プログラム利用回数は3921回。325人の子どもがLTSCを通じ保育園および託児所を利用した。

日系社会の夢、武道館完成せまる
リー館長「皆で一緒に祝いたい」

 構想から25年以上。今春に開館予定のテラサキ武道館は小東京のロサンゼルス通り、2街と3街の間に建設中の多目的スポーツ複合施設。日系社会の夢を乗せたこのジムにはバスケットボールとバレーボールの両方に使えるコートが2面あり、武道の公式試合も開催可能となる。

昨年6月に行われた上棟式で記念撮影するLTSCとコミュニティーのみなさん(永田潤撮影)

 同館のSNSではテラサキ武道館の話題だけでなく日系社会の歴史や時事に関連したニュース、写真を日々更新。若い世代が日系社会を動かしている躍動感を感じる。
 ライアン・リー館長は「テラサキ武道館は子どもからお年寄りまで安全に楽しめ、互いに交流し、生涯続く思い出作りの場となる。春のグランドオープニングには日系社会の皆さんにぜひ参加してもらい皆で一緒に祝いたい」と期待を語った。

「祝・テラサキ武道館」
「勝手応援団」の半田俊夫さん

 小東京のテラサキ武道館(以後武道館)が完成する。僕は2年前に本紙に武道館建設を応援する拙文を寄稿した。いよいよ開館かと楽しみだ。
 武道館はLTSCが推進母体となってゼロから発想、年月をかけて企画、設計と進み、土地の確保、建設工事と進んで来た。予算規模が推定だが三千万ドルに向い年々膨れ上がる中で政府系の交付金や基金の助成金を獲得し日系人や団体から寄付を集める努力は大規模で長く困難な道だったはずだ。この大事業をここまで担い達成した日系人つまり日系米人たちの努力と実現力は立派だと思う。敬意と感謝で祝したい。
 一方新日本語族、在住日本人の関心や寄付支援が今一歩なのは残念だったので、僕は部外者だが「勝手応援団」として自己流で広報や寄付の呼びかけをやっていた。全般に反応が低い中で一部の友人や企業からの寄付は嬉しかった。
 これが完成すると日系社会に今までになく強い求心力を持つ多目的施設が小東京に誕生する。日系子女の間で熱く盛んに行われているバスケットボールの大会を始め、柔道、剣道などの武道の開催や多様なイベントの場として子どもからシニアまで参加し楽しめる日系のメッカとなる。駐車場もあるが将来的に4つものメトロ駅に囲まれる地理的利点も良い。多くの人が訪れ交流し小東京の発展に大きく貢献するだろう。永住組の日本語族の子女は日系人となり武道館の恩恵を受けて行く。完成の後は運営の歴史が続く。日系人と日本語族が一緒になって武道館を利用し資金面でも支えて歴史を共有する将来を楽しみにする。現在は日本在住だが、次回LAに行く時にはぜひ訪問して武道館の勇姿を見たい。

今春グランドオープニングを迎えるテラサキ武道館のCG画像(LTSC提供)

 

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