被災者の我慢を見習う

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 外出中の夜に、近くに住む日系人の友人からテキストメッセージをもらった。「テレビのニュースであなたの住むストリートに面するコンドが火事で燃えている。大丈夫か」。すぐさま、間借りしている大家さんに電話した。元気な声で「隣りだから大丈夫」。一安心した。「隣り」とは、別棟だと、人ごとだと思っていた。
 帰宅したところ、出火から約4時間経っても消防車3台が取り囲んでいて消防士が活動していた。そして、焼けたのは真隣りの2ユニットで驚いた。部屋の中は黒こげ。隣りのわれわれの2ユニットは奇跡的に無事で、まさに紙一重。壁一枚で天と地の差があることを思い知った。
 突如、すみかをなくした隣人同士が薄明かりの中で集まり「全てを失った」「ホームレスになってしまった」「これからどうしよう」などと途方に暮れていた。だが、口を揃え「命があってよかった」と、励まし合っていた。
 停電と断水の中で一夜を過ごした私は、地震や津波、洪水、山火事などの被災者の気持ちが初めて分かった。暗闇の室内は歩くだけでも困難で、寒さのため布団を1枚多く重ねてもなかなか寝付けない。便所が使えない不便も初めての経験だった。
 ところが市の消防局は翌日、1棟全ユニットへの立ち入りを禁じ、私も思いもよらぬ「ホームレス」になってしまった。一時帰宅が許され荷物をまとめていたところ、代わる代わるに隣人がやって来て「助けが必要なら何でも言ってくれ」などの気遣いに心が癒された。被災した隣人にも会った。火事の夜に貸した毛布の返却を求めたが「しばらく使わせてほしい」。小さな車の中で寝泊まりする生活を続けると聞き、胸が痛くなった。高齢者にとって夜の寒さは骨身に染みることだろう。
 今は日本人の友人宅に身を寄せている。これまで正月やクリスマス、バーベキューパーティーに呼ばれた際に泊まらせてもらい、楽しい時間を過ごした。だが行く先が見えない今回は、やはり気を遣い、心情は大きく異なる。心穏やかではない中で生活環境の変化に対応するのは難しく、被害の補償についての対応も悪くやきもきする。でも不平を言っていては、明るい気持ちになれない。大災害の被災者の我慢を見習う。【永田 潤】

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