世界中の爆弾を花火に変えたら

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 東京に非常事態宣言が出て、満開だった桜が散り始めた頃、大林宣彦監督の訃報の知らせが届きました。4年前に余命宣告を受けてもなお映画を制作し続け、念願の新作の公開予定日に旅立ってしまいました。
 東日本大震災の翌年、私は主催する映画祭で大林監督にゲスト出演をお願いするために、何度も足を運んだことを思い出しました。「この空の花 長岡花火物語」という長岡の空襲を題材にした映画をロサンゼルスで上映したいと願っていたからです。小さなNPOなので、なにせ予算がありません。交渉がうまくいかず諦めかけていましたが、最終的には小さな映画祭のために渡米してもらえることになりました。
 トークショーでは、60年代にリトル東京のホテルで「Get out of Jap」と追い出され野宿をしたと語り、70年代には年の半分くらいはハリウッドに滞在し、リンゴ・スター、カーク・ダグラス、チャールズ・ブロンソン、ソフィア・ローレンなどと交流をした経験を、大林監督は懐かしそうに話しました。そして、戦争を知っている最後の世代として、黒澤明監督からバトンタッチした平和へのメッセージを映画で伝える大切さを、静かに、そして力強く、目を閉じながら語ってくれたことが印象的でした。
 その年の夏、長岡市からの招待で長岡花火大会に参加しました。映画でも流れた「世界中の爆弾を花火に変えて打ち上げたら、世界から戦争がなくなるのにな」という山下清画伯の言葉がアナウンスされた後に、この映画の音楽が流れる感動的な花火大会でした。
 夜空に広がった花火にこそ、大林監督が遺したメッセージがあるような気がしました。【朝倉巨瑞】

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