ソーシャルメディアと社会現象

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 去る5月23日、日本ではネット上の誹謗(ひぼう)中傷が端緒となり、リアリティショーで活躍していた木村花氏が自殺という悲惨な事件が起きた。SNSは私生活をガラス張りにし、身元不明の閲覧者たちは断片的な情報で発信者を狙い撃ちする。称賛、激励ならありがたいが、うかつに失言すれば、言葉のミサイル弾が四方八方から撃ち込まれる。
 その2日後、太平洋をまたいだ米国ミネアポリスでは、偽造20ドル紙幣使用の嫌疑をかけられたジョージ・フロイド氏が白人警官に殺害された。フロイド氏の地獄の苦しみは8分46秒の動画に収められ、瞬時に世界へ拡散。この弾丸のごとき圧倒的なスピード感はSNSの最大の武器とも言える。これが引き金となり、歴史に残る世界的な反人種差別デモが今も継続して行われている。また、デモに並走する形で、略奪、破壊行為も勃発したが、故人の弟は、「兄(黒人)の命は20ドルの価値しかないのか?」と強訴。これをひも解けば、不条理に奪われた黒人の命に対し、不合理に盗まれる商品が、せめてわずかな代償を払っているかのようにも見えなくもない。
 習慣に染み込んだ歴史を見直す流れはさまざまな形で表れている。全米や欧州の各地では植民時代からの奴隷制を先導、維持した歴史的人物の銅像や、先住民虐殺を行った人種差別の象徴とみなされているコロンブスの銅像が破壊、撤去された。
 多くの傷痕を残した歴史には、清算されない無数の地雷が埋もれたままなのだ。
 米国のカントリーグループ「レディ・アンテベラム」は、2006年から使用していたバンド名を「レディ・A」に変更。「アンテベラム」が南北戦争以前のこと、ついては奴隷制を示唆することを考慮しなかったと判断したためだが、過ちを正し、傷口を広げない努力は、今後、ますます必要となってくるだろう。
 外出や集会が困難となった昨今のコロナ渦中、情報源となるSNSの役割は非常に重要だ。ネット上で仮面をかぶることができても無責任な発言は慎み、一人一人が、より良い社会をつくるという高い意識の下、世界の特派員として発信してほしいと切望する。SNSの個人の呟きは、選挙における個人の一票に匹敵する。【河野 洋】

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