日系アーティスト、作品に思い込め: シアトルの国際地区

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回復への道のり①

額装店の店頭で、日系移民をほうふつさせるアート

 失望的なニュースが多い2020年だが、羅府新報はカリフォルニア、ワシントン、ハワイの日系ジャーナリストと手をつなぎ、コロナ禍の困難の中における人間の創意工夫、尊厳、そして希望の物語を報告する試みを行った。非営利団体ソリューション・ジャーナリズム・ネットワークとのコラボレーションから始まったアイデアは、5部構成の「回復への道のり」シリーズと、在米の日系新聞社としてそれぞれ100年以上の歴史をもつハワイヘラルド(ハワイ報知)、北米報知、羅府新報の3紙のパートナーシップにつながった。

 シアトルのインターナショナル・ディストリクトで、暴動から店を守るために店頭に木板が打ち付けられた後、店主たちは次に何をすべきかと考えた。日本町のヒゴ工房では、鳥居と共にブラック・ライブズ・マター運動を支持する声明が描かれた。【デビッド・ヤマグチ、訳=長井智子】
 日本町があるシアトルのインターナショナル・ディストリクト/チャイナタウン(CID)では、多くの商店が5月のジョージ・フロイド事件に対する平和的な抗議デモに便乗して暴れる犯罪者の略奪に備えて、店頭のショーウインドウに板を打ち付けた。被害に遭った21店舗と、次は自分の店が被害に遭うかもしれないと恐れる近隣の店の板塀対策は、暴徒の標的にされているCIDを支援する地元のコミュニティーグループとシアトル公共事業局が無料で提供した。6週間たった後も、CIDの店頭は板が打ち付けられたままだ。
 続いて、店主たちはアーティストたちの助けを受け入れた。打ち付けられた無垢(むく)の木の板をキャンパスに、約100枚の壁画を描く時間が寄付された。壁画は街を際立たせ、居住者と街の訪問者に希望を与えてる。
 日本人、日系米国人、あるいは日本関連の店舗やビルで、どのような壁画が描かれたかを調べてみると、半世紀ぶりといわれるこの都市の混乱の只中で、アーティストやビジネス経営者が前向きに前進している道筋が見え、価値ある状況を認めることができた。コロナウイルスの外出自粛で家にいる多くの人々が見ることができない、「はかない芸術」だと言うこともできよう。
 まず、今ではCIDに残っている日系のビジネスがごくわずかであることは特記する必要がある。過去数十年の間に、家族経営のビジネスのほとんどは代替わりをせずに閉店した。経営者たちは子供を育て上げるという人生の目標を達成し、やがてリタイヤして店を閉じた。子供たちは、限られた利益しか生まない店の経営よりも、自分たちの前に広がるより大きな機会に向かって前進した。

ヒゴ工房の店頭に木板に描かれたブラック・ライブズ・マター運動を支持する声明と鳥居のアート

 私が調べた10店の日系店では、ほとんどの壁画は単に実用的な作品だった。板で覆われた店の名前と、店が営業中であること、それに、営業時間を知らせる内容。壁画の作品の出来栄えは基本レベルという程度。6月14日付のシアトルタイムズにフランクリン高校の生徒の参加が紹介された記事があったが、なるほど、大方の作品は、それが学生を動員したコミュニティープロジェクトであることを示唆している。
 だが、特に目を引く二つの壁画の物語は興味深い。一つは、6街とメイン通りの角のHTクボタビルにある、額装店「アートフォーム」の壁画。二つ目は洋装店の「モモ」、ギフトショップの「工房 アット・ヒゴ」、飲食店の「かなめ」が入るジャクソンビル(6街とジャクソン通り角)の全体に広がっている作品だ。
 アートフォームの壁画は、20世紀初頭の白黒写真を基に日系一世と二世をペンとインクで描いたプロのアーティスト、ミシェル・クマダの作品だと一目で分かる。
 クマダさんによると、この作品はアートフォームと同じビルにあるWkndスタジオのクリスタ・トーマスさんがコーディネートしたという。同ビルには他にも、ブライアン・オーノ・ギャラリー、ダダダギャラリー、つくしんぼレストランなどが入っている。トーマスさんとクマダさん。2人のアーティストが協力してデザインし、ボランティアがペイントを手伝った。トーマスさんは、建築スタジオからクマダさんの作品の大型コピーを得られるように手配した。完成には約1週間を要した。
 アートフォームの壁画は文字を使わず、無言で作品がメッセージを語っている。アジア系米国人である私は、私のように見える人物の絵があまりにも少ないので、この壁画に気持ちが高まる。外を見つめる静かな顔はこう言っているように見える。「私たちも人種差別を受けてきた。私たちは、ここにいる」
 クマダさんは以前、シアトルタイムズのグラフィック担当や、ウィングルーク博物館の展示ディレクターなど、長年にわたり芸術的な「日中の仕事」に就いていたアーティストだ。
 モモ、工房、かなめレストランに広く広がっている壁画は、肖像画とメッセージだ。最近亡くなった黒人の市民たちの肖像画。また、そこには鳥居で囲まれたパブリックメッセージが描かれている。
 「日系米国人のコミュニティーは、第二次世界大戦中の日系人への大規模な投獄を対して日系人とともに立ち上がった黒人、茶色の肌の人、先住民らの兄弟たちと揺るぎなく連帯する。われわれはアジア系米国人がこれまで白人至上主義に加担したことを認め、進行中の解体運動に尽力する。アジア系米国人の行動主義は黒人の行動主義に深く影響を受けてきた。その借りを返す時が来た。すべての人々の解放を達成するために、われわれの強さと特権を使用することを約束する。BLM。黒人の命は大切」
 宣言の後には、名前が続く。ジョージ・フロイド、ブレオナ・テイラー、アーモド・アベリーから始まり、エミット・ティル、マーティン・ルーサー・キング牧師、マルコムXまで、83人の名前が列記されている。
 メッセージを鳥居で囲むことの重要性について不思議に思って、インターネットで鳥居についてどのように書かれているかを調べてみると、「鳥居は、神社の入り口で最も一般的で伝統的な日本の門で、俗界から神域への移行を象徴する」とあった。

和食店「まねき」の窓には、地元で愛されたコミュニティーオーガナイザーの故ボブ・サントス氏(左)と自警団の故ドニー・チン氏が描かれている

 壁画の背景をもっと知るために、私はエリン・シガキさんにメールを送った。壁画にシガキさんの署名はなかったが、人づてに彼女の作品だと聞いていた。奇しくも最近、ベルビューカレッジにあるシガキさんのパブリックアートが汚されたことがニュースになっていた。
 シガキさんは主にグラフィックデザイナーとして生計を立てているが、シアトル市芸術文化事務所主催のパブリックアート講習を受け、数年前からパブリックアートの仕事を始めたという。「私は日本人の強制収容に関する作品を制作するためにジャクソンビルの所有者であるムラカミさん兄弟や、『デンショウ(伝承)』など、コミュニティーから多くの支援を受けている」と話す。
 「だからムラカミさんから板で打ち付けた建物を扱ってほしいと頼まれて、すぐに快諾し、チームをまとめた。自警団によるアーモド・アベリーの殺害の後、私はBlack Lives Matterの壁画を作成するための壁を探していたのでタイミングは完璧だった。ムラカミさんは、材料費やスナックなどの費用、助手への報酬を支払い、労働力を提供してくれた。私にも数百ドルの謝礼を払うと主張したけれど、それは黒人の活動団体に寄付するつもりだ。制作には完成まで丸3日掛かった。多くのコミュニティーボランティアがいなかったら、実現できなかっただろう」
 3店の日本語看板と米国の公民権メッセージの並置は視覚的に驚くべきものである。見る者の足を止め、考えさせると同時に、精神を高揚させる。
 この二つの壁画には二つの教訓が現れている。
 まず、公共の壁画を必要としている建物やビジネスのオーナーが、確立されたアーティストに制作を依頼することは、おそらく価値がある。プロのアーティストには複雑なプロジェクトをタイムリーに完了するための才能とネットワークがあり、店先を際立たせることができる。また、優れた作品はメディアに取り上げられ、ビジネスに有益となるかもしれない。
 次に、インターナショナル地区の多くを占める単純な壁画と比べて、この二つの壁画は、後から落書きされたりしていない。見事なパブリックアートだけを残すことが暗黙の了解であるかのように、汚されることなく、輝いている。
 デビッド・ヤマグチ シアトルを拠点とする北米報知の編集者。日本と太平洋岸北西部の歴史をつなぐ本、「1700年のみなしご津波」(ワシントン大学出版、2005年、第2版2015年)も編集した。

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