山口弘さん死去:95歳、元パイオニアセンター会長

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日本人・日系人の福祉向上に寄与

日系社会の諸団体で要職を務めた山口弘さん

 日系パイオニアセンターで会長を務めるなど、日系社会の諸団体で要職を務めた山口弘さんが13日午後7時30分、動脈瘤疾患のためパノラマシティーのカイザーパーマネンテ病院で死去した。葬儀は家族で行い、お別れの会を新型コロウイルスが収束した後に予定する。

 山口さんは1925年、カリフォルニア州バイセイリアで生まれた。第2次世界大戦を挟んで8歳から23歳までを鹿児島で過ごし、米国に戻った後、スタンフォード大学を卒業し、航空宇宙開発関連企業に就職した。同社に勤務中、日本から数多くの技術者を受け入れて指導し、さまざまな先進技術の日本への移転に貢献した。

山口さんは温厚な性格で人望を集めた

 66年、日本語を使用する米国初の電波メディアでありラジオ放送を行うホームキャスト社の設立と同時に代表取締役副社長に就任し、日本語による報道や娯楽を日系社会に提供した。後に同社をテレビ放送に発展させ、日系社会における放送メディアの育成に貢献した
 92年に毎日新聞社の米国法人であるファックス毎日社の設立に関与して代表取締役社長となり(2001年まで在職)、当時は日本からの新聞が海外へ数日遅れで郵送されておりインターネットもまだ一般に普及していなかった時代に、米国におけるファクシミリによる日本の新聞の迅速な配信を実現した。
 退職した後、地域社会への奉仕活動に力を注ぎ、南加鹿児島県人会会長、南加県人会協議会副会長、南加日系商工会議所副会頭などを歴任した。とりわけ、小東京を拠点に活動する日系高齢者向け福祉サービスセンターである日系パイオニアセンターでは、04年から副会長を、06年から09年までは会長を務め、日系コミュニティーにおける高齢化の急速な進行や経済情勢の悪化といった厳しい環境の中、ファンドレイジングや事業内容の充実に尽力し、日本人と日系人高齢者の福祉向上に大きく貢献した。日本文化に造詣が深く、小笠原流煎茶道南加総支部の支部長を務めた。
 温厚な性格の有識者、人格者であり、人望を集めた。後進の指導に力を注ぎ教育の重要性を力説し、鹿児島県人会の会員子弟育成を目的とした鹿児島ファンデーションで会長を長く務め、奨学金授与と鹿児島への派遣プログラムに尽力した。
 09年には、日本人・日系人の福祉向上に寄与したことが認められ、旭日双光章を受章した。
 パイニアセンター会長の竹花晴夫さんは、山口さんについて「理事会に毎回来て助言をもらった。パイオニアセンターと日系社会の発展に大きく貢献された。奥さまの淑子さんとオシドリ夫婦で慕われ、思いやりのある優しい性格で、われわれの模範だった」と語った。

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