パンデミックのご利益

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 あと2か月もすれば自主隔離がはじまってほぼ1年になる。ワクチンが開発されて、これで人生バラ色と思ったのも束の間、掛け声ほどには接種が進んでおらず、COVID・19の猛威はいまだ収まらない。
 超低温で管理されるべきワクチンが、故意に常温に放置されていたとか、医療の最前線で働く人々の接種が最優先されるというのは理解できるが、その家族や友人、果ては団体の大口寄付者にワクチンが回されていたという話を聞けば、事の真偽はわからないが、自分だけがかわいい人間とは、なんと悲しいものだろうと思う。この分ではワクチンが、半年で全米に行き渡るという話もあてにはならない。
 政府や社会の上層部にコネクションも持たない一般人は、ひたすらマスクをして、皮膚がカサカサになるまで手を洗い、ぐっと距離を置いて話をし、私など高齢者グループに入ることで優先順位が高くなることに希望をつなぎ、おとなしく順番を待つ以外に方法はないらしい。
 こんな時は、100年に1度と言われるパンデミックに出会いその中で生き抜いている自分の背中をたたいて「良く頑張っているね」と褒めてやるべきなのかもしれない。苦手だったZOOMと悪戦苦闘したおかげで遠隔地の見も知らぬ人と出会い、1年足らずで親友になれたという友人もいれば買い物や外食を制限されて料理が楽しくなったという人もいる。悪いことばかりではないらしい。
 私などは、この自主隔離で、もし今、引退したら…の予行演習をしたような気もしている。突然職場を離れて家籠りをする中で、1日の3分の1の8時間をどのように過ごすかを考えさせられた。「いつ?」が問題の引退を真剣に考える時がきたようだ。特に米国大統領という栄光の椅子に恥も外聞もなくしがみつく男の愁嘆場をこの目に見て、人間引き際がいかに大切かを考えさせられた。
 リタイヤとは1つの道を歩き終えた時、ハイウェイでなくても舗装なんかされていなくても、自分で歩けるもう1本の道を見つけ、新しい冒険をすることのような気がしてきた。
 パンデミックのご利益である。【川口加代子】

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