日本の高齢者医療の現状

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 日本へ帰国すると決めてから、「うそでしょう?」「どうしてまた?」「理由は?」と多くの質問を受けた。1981年から2009年まで、まる28年である。アメリカが、ロサンゼルスが嫌いになったわけではない、仕事が嫌になったわけでもない、むしろ楽しんでやっていた。実に多くの人たちと付き合い、共にいろいろなイベントを手掛けた。そのたびに世界は広がり多くの人たちと知り合った。以前からやがて日本へ帰る、と決めていた。しかし、それはもっと後の予定だった。
 仕事やレジャーで各地へ旅をした。しかしまだアメリカ横断はしていない、ヨーロッパの土も踏んでいない、南米諸国も回ってみたい…だから帰国はあと3~4年後の予定だった。
 ところが、親友のK氏が決断を迫った。今、アメリカの中堅どころの法律事務所の日本オフィスを作っている。自分が責任者なので一緒に仕事がしたい。手伝ってくれないか? 法科大学院でも教えているので忙しいらしい。彼は仕事が楽しくて学生を育てるのも楽しいという。長年付き合い肝胆相照らしたK氏の誘いには心が動いた。しかも2~3年あとではダメだという。思い切って帰国を決断した。
 最大の理由は、夫婦二人だけで車の運転ができなくなったらどうする?という不安がつきまとうこと。周りには大勢の友人知人がいるが、手助けはしてくれても身内のようには甘えられない。また、アメリカの医療費は高い。日本の国民皆保険は魅力だ。急かされるままに2009年4月に鳥が飛び立つように皆さんに別れを告げて日本へ発った。
 昨年暮れに身内の一人が出先で脳梗塞を患い、救急病院へ担ぎ込まれた。新型ウイルスによるコロナの再拡散の時期、どの病院もクラスター発生を恐れ、厳重な防御体制を敷いていた。お見舞いは一人だけ、しかも患者には会えない。飲食物やお花などは持ち込み禁止で、要望事項は紙に書いて看護師に渡し、口頭で聞いてもらう。記憶はどの程度失われているのか、欲しいものはないか、等々直接本人の顔が見られず不安感が募る。次回はそんな日本の高齢者介護のシステムをお知らせしたい。【若尾龍彦】

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