キャンセル・カルチャーとWoke

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上田 勢子

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 ここ数年、特にコロナ禍になってからよく耳にするようになった言葉がある。「キャンセル・カルチャー」と「Woke(ウォーク)」だ。どちらも社会現象となり多くの論争を巻き起こしている言葉だ。

 キャンセル・カルチャーとは、主に著名人や芸能人の言動や意見を糾弾し、みんなで寄ってたかって、その人の存在を否定し「あなたはもう用なしだ!」と封じ込めてしまうことだ。ネット社会で実に多く見られるようになった現象で、最近の例では、コメディアンのエレン・デジェネレスがホストを務める18年前から続いてきたショー番組を、2022年のシーズン19で終了すると発表し、その原因がキャンセル・カルチャーだと言われている。この番組は去年、制作現場が劣悪でパワハラが行われていると元スタッフに指摘されたことによってプロデューサーらが解雇され、エレン自身も謝罪声明を発表していたが、ネット炎上は収まらず、エレンと番組への非難が高まっていた。少し前にはハリー・ポッター・シリーズの著者JKローリングが、トランスジェンダー批判と受け取れるような発言をし、彼女を糾弾する意見がネットに溢れ、それに対して、彼女やほかの著名人が、キャンセル・カルチャーを魔女狩りに見立てて反撃したということもあった。

 ネットという仮想空間では、誰もがまるで陪審員、いや裁判官にさえなることができる。ボイコットが企業に向けられるのに対して、キャンセル・カルチャーは個人に向けられ、度が過ぎるとその人キャリアが失われたり、命すら失われたりすることがある。

 ただ、アカデミー賞が極度に白人寄りであるとか、#MeToo運動で見られるようなセクハラがまかり通る業界の価値観を変えるという意味では、キャンセル・カルチャーは一般人の意見として有効かもしれない。問題は、強い正義感や倫理観を理由に、過度な個人攻撃が行われることだ。それが本当に正しい正義なのか、それとも限られた情報だけによる思い込みなのか、暴走し始めると、正確な判断が誰にもできなくなってしまう。心理学者の中には、キャンセル・カルチャーは、ソーシャルメディアのもたらした、行き過ぎた行動主義だと言う人もいる。

 しかし、ソーシャルメディアがなかった昔にも、キャンセル・カルチャーはあった。古代ギリシャのアテネでは、年に一度、市民が広場に集まって「用なし」と見なす著名人の名前を、陶器の破片に彫りつけて投票し、選ばれた「用なし」著名人は、10年間の追放にあったという。第二次世界大戦後にハリウッドで横行した共産党狩りは、左寄りの思想を持つ俳優やスタッフを排除するものだった。西欧の植民地政策も先住者の文化を「キャンセル」する行いではなかったか!

 さて、キャンセル・カルチャーの矛先が向けられるのを恐れたり、未然に防ぐために企業に見られるのが、Wokeという動きだ。これは「人種的、社会的な差別や不正義に留意している」状態を指している。バイデン大統領は非常にWokeな大統領だと言われている。ここ数年、多くのスポーツチーム名(ワシントン・レッドスキンズやクリーブランド・インディアンズ)や、企業の商品名が変更されているのもWokeたらんとしているわけだ。たとえば、100年前から販売されてきたパンケーキ・ミックスとシロップ「Aunt Jamima」のロゴは、笑顔の黒人のジェマイマおばさんで、そもそも、奴隷の黒人女性がにこやかに白人のためにパンケーキを焼いているというシナリオから作られたロゴであり商品名である。この商品は、今は「パール・ミリング社オリジナル」と名前を変えている。また、これもおなじみの、ちょうネクタイを着けた黒人のおじさんがロゴの「Uncle Ben’s Rice」も、「ベンズ・オリジナル・ライス」と名前を変えて、ロゴをなくしている。この5月にケロッグ社は、レインボーカラーのハート型シリアルを「Together with Pride」というLGBT擁護の意味合いを持つ名称で売り出す。

 Woke現象を行き過ぎと思う人もいるかもしれない。しかし、私たち日本人にも記憶があるように、人種をステロタイプで表されるのは心地よいものではないし、このように一般の目に触れるところから変えていくことには大きな意義があると思う。(でも、ジェマイマおばさんの笑顔が赤いパッケージから消えたシロップには、なんとなく食欲をそそられないかも)

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