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 日本から最初にアメリカ本土に入植した移民団がカリフォルニア州北部ゴールド・ヒルにアメリカ本土初の日本人入植地「若松コロニー」を形成してから8日で150年を迎えた。同日、跡地では記念式典が行われ、日米にいる移民団の末裔や関係者らが出席。会津松平家の末裔も日本から訪れ、当時の藩主が果たせなかった先駆者たちとの「義(約束)」を150年の時を経て、この日果たした。【吉田純子、写真も】

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「あなた26歳でシェフになんてなれるわけがない」。元夫が言い放った言葉が彼女の闘志に火をつけた。そして心に誓った。「私は自分が『シェフだ』と言えるようになるまで絶対に諦めない」と。ロサンゼルス・ダウンタウンにある複合施設「ROW DTLA」に昨年12月にオープンした唐揚げ(フライドチキン)専門店「Pikunico(ピクニコ)」。そのオーナーの八木久二子さんは日本では元銀行員。料理などしたこともなかった彼女がアメリカで良き出会いに導かれ、有名店での修業を経て、自らのレストランを開店した。LAで頑張る女性のひとり八木さんにメニューへのこだわりや開店までの経緯など話を聞いた。【吉田純子、写真も】

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新たな地で日本食レストラン再開  「深い暗闇の中に突き落とされたような気分だった。でも振り返っていても仕方がない。生きていればまたやり直せる―」。昨年11月8日にカリフォルニア州北部ビュート郡の町パラダイスで発生した山火事「キャンプファイア(Camp Fire)」。全米最悪規模となったこの山火事で被災した小島智代さん、成朗さん夫妻は、住居と所有していたレンタルハウス、そして経営していた日本食レストランすべてを失った。避難生活を送るなか心機一転、今年3月5日には現在暮らすレッドブラフでレストランを再開。山火事から半年が経過した今、小島さんに山火事後の生活とレストランを再開するまでの経緯を聞いた。【吉田純子】

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 新天皇陛下が即位され令和が幕開けし、日本は新たな時代を迎えた。南カリフォルニアの日系社会も母国と同様に祝賀ムードに包まれ、その喜びと期待の大きさを見開きページで紹介する。皇太子時代の2008年に小東京を訪問され、全米日系人博物館を見学された新天皇。新皇后雅子さまとご一緒に日系社会への再訪が待ち望まれる。【取材=永田潤、吉田純子、麻生美重】

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排日運動の最中 北米最初の日本人移民団の存在伝える  今から150年前の1869年(明治2年)、日本からカリフォルニアにやってきた北米最初の移民団はエルドラド郡ゴールドヒルでアメリカ本土初の日本人入植地「若松コロニー」を形成した。羅府新報新年号特集「若松コロニー」の記事でも紹介したが、その一員で19歳という若さで亡くなった少女おけいはアメリカ本土の土に眠る最初の日本人女性とされている。今回、彼女の存在を1916年に最初に世に知らせた竹田文治郎(雪城)の記事をここに紹介したいと思う。排日運動の波が吹き荒れる当時の日系社会に、おけいと彼ら以前にいた北米最初の日本人移民団の詳細を伝えた記事である。【吉田純子】

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海渡り「若松コロニー」形成 日米両国にいる末裔、先祖への思い 小高い丘の上にある小さな墓―。このカリフォルニアの大地に眠るのは、今から150年前、日本から最初にアメリカ本土にやってきた移民団のひとりで、アメリカ本土で最初に亡くなった「日系移民の女の子」の墓だ。彼女の名は伊藤おけい(以下、おけい)。  1869年(明治2年)、夢と希望を胸に会津若松(福島県)からやってきた移民団22人はカリフォルニアにアメリカ本土初の日本人入植地「若松コロニー」を形成した。彼らは日本からアメリカ本土に渡った最初の入植者だ。プロイセン人の武器商人ヘンリー・シュネル率いるこの移民団は、戊辰戦争に破れた会津藩の侍などで形成され、カリフォルニアの地で茶と絹の栽培を試みる。しかしわずか2年で若松コロニーは崩壊。その後、彼らは日米で別々の人生を歩むこととなる。  2019年はこの最初の日系移民がアメリカ本土に入植してから150周年を迎える。そして今、日米両国にいる彼らの末裔が羅府新報に先祖への思いを語ってくれた。  150年前にアメリカ本土へと海を渡った先駆者たちの勇気と開拓者精神に思いを馳せ、この記念すべき年に彼らの歴史をここに振り返ってみたいと思う。【取材=吉田純子】

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 1985年、熊本出身の職人がロサンゼルスに和菓子屋を開店した。日本各地で鳴らした和菓子職人の率いるこの店が、地元の茶の湯で信頼される存在となるのに時間はかからなかった。順調だった店にやがて最初の不幸が訪れ店は窮地に立たされる―。創業者家族から店を受け継ぎ再建させた妹夫婦。いくつもの困難を乗り越え不安に苛まれながらも、兄から受け継いだ職人の技を以って、今では店を順調に切り盛りする。「周りの人に助けられてここまで来た」  ロサンゼルスに残る数少ない和菓子屋のひとつ、「ちからもち」の34年の足取りを取材した。  【麻生美重】

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山火事で家2軒とレストランが全焼  「素晴らしい友だち、最高の思い出、そしてスーツケース2個、これから新たにスタートです」。カリフォルニア州北部ビュート郡の町パラダイスで11月8日に発生した山火事「キャンプ・ファイア(Camp Fire)」。カリフォルニア州史上最悪の山火事となった「キャンプ・ファイア」で被災したパラダイス在住の小島智代さん、成朗さん夫妻。避難生活を送る2人に現在の生活や今後の目標、そして愛するパラダイスへの思いなどを聞く第2話。【吉田純子】

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「すべてを数時間で失いました」  「アメリカに単身、スーツケースひとつから始めて30年。頑張ってレストランと家2軒、欲しい物すべてを手に入れましたがすべてを数時間で失いました―」。 カリフォルニア州北部ビュート郡の町パラダイスで11月8日に発生した山火事「キャンプ・ファイア(Camp Fire)」。25日に鎮火が発表されるまでおよそ15万3千エーカー以上を焼きつくし、これまでに85人が死亡。カリフォルニア史上もっとも多くの犠牲者を出した山火事となってしまった。このキャンプ・ファイアで被災したパラダイス在住の小島智代さん、成朗さん夫妻。現在避難生活を送る小島さんに山火事発生時や避難時の様子など話を聞いた。【吉田純子、写真=小島智代さん提供】

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USCで江戸文化の講演 同窓会開きLAの卒業生と交流  江戸文化研究者で、東京6大学初の女性総長となった法政大学の田中優子氏が来米し、9月28日に南カリフォルニア大学(USC)で江戸時代の織物文化について講演した。29日には当地の同校卒業生からなる校友会支部メンバーおよそ50人を招き同窓会「法政ミーティング」を開催。当地の卒業生らと交流した。同大学の海外への発信力強化を目指す田中総長に、着物や江戸文化の魅力、そしてこれからのグローバル教育について話を聞いた。【吉田純子、写真も】

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 「ハリウッドで日本の映画を撮りたい。それが僕の夢。まだまだ諦めてはいない―」。アクション俳優としてハリウッドでも活躍する千葉真一(サニー千葉)が1977年に出演した日本映画「ドーベルマン刑事(デカ)」が7日、ハリウッドのエジプシャン・シアターで上映された。千葉本人も登場しサインイベントのほか上映後の質疑応答にも出席。この日のために訪米した千葉に、本作の思い出や、映画への熱い思いを聞いた。【吉田純子、写真も】

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