Browsing: 特集記事

特集記事
0

 ゲティセンターで約2カ月間開催された「蒔絵の物語―欧州収集家が集めた日本の漆工芸展」が5月24日に幕を閉じた。同展で話題を集めた「マゼランチェスト」を修復した文化財修復漆工専門家の山下好彦氏が来米し展示閉幕前日の23日、同センターで講演を行った。

特集記事
0

日米文化会館は、老朽化した日本庭園「清流苑」の改修作業を完了しこのほど、再開園を祝う記念式典を催した。日系社会を中心とした各界から来賓が参列し、「コミュニティーが利用できる空間」をテーマに美しく生まれ変わった庭園がお披露目され、米国ツアー中の能のグループが伝統文化を披露し、再開園の晴れ舞台に花を添えた。 同館理事のサンディ・サカモト氏があいさつし、日本文化を披露する舞台を備えたユニークな庭園は隣接するガーデンルームと調和を図り、美観と機能の両面を実現したことを強調した。 従来の「見る庭園」からさまざまな目的に利用可能な「集う庭園」にデザインを一新。中央に照明・音響装置を備えた舞台を設置し、日本文化が鑑賞できるように工夫を凝らした。「歴史的」と期待された式典での能のパフォーマンスだが、あいにくの雨で屋内の公演となった。 ガーデンルームは庭園の眺望に気を配り手を加えた。庭に面する壁を取り払い、ガラス扉を採用。縁側から庭を望むような仕上げとなっている。庭とガーデンルームはまた、結婚式や記念イベント、各種レセプションなどにも一般に開放され、利用費をメインテナンス費と文化振興に充てるという。 庭園の設計は、カリフォルニア州立ポリテック大学ポモナ校造園学科名誉教授の上杉武夫氏が再び担当した。同氏は、サンディエゴのバルボア公園やトーランスのカルチュラルアーツセンターなどの日本庭園を手掛けた権威ある造園設計士。今回のプロジェクトは、構想から5年(工期2年半)掛けて完結させた。 清流苑の作庭のアイデアは、国の名勝に指定され敷地が同じ三角の形状をした京都・無鄰菴の庭園。三角形の特徴をうまく使って(底辺から見た)遠近感を表現し奥行きを出した。また、丘陵地の高低差を生かして大小の岩を配し、石垣を作り立体感を強調している。 小川には3本の橋が架けられ、せせらぎには納涼の演出のみならず日系社会に向けた上杉氏のメッセージが込められている。丘陵の頂を源流とし、途中で二手に分かれるが、最後に一つになる。この発想は日系史を例えたもので、源流は一世、分岐が第二次大戦の日米関係、合流を現代の日系社会のまとまりを表している。 また、地球と高齢者・身体障害者に優しいデザインとした。「Sustainable(環境破壊を最小限に抑えた開発・建設)」を重視し、循環水流式の小川は集水桝取り入れ節水、節電を果たした。小道は幅が広く傾斜を緩くして歩きやすくし、車いすも通ることができる。 ガーデンルーム横の庭は、狭く細長いスペースを有効利用し幅を取らない竹と石、砂を並べた枯山水。会館ビルの陰になると、わずかに光の差す竹林の趣を醸し出す。樹木は日系ナーサリーが寄付を申し出たほか、南加日系庭園業連盟が剪定(せんてい)するなど、上杉氏は日系社会からの「心意気を感じ、やりがいのある仕事だった」と語った。 ドイザキ・ギャラリーは一昨年に規模を縮小したが、日本庭園の改修にともないガーデンルームが活気づき、ひな祭や、華道、茶道、書道、盆栽の実演、大学教授による造園の講演などさまざまな日本文化啓蒙プログラムが新たに組まれている。 各種プログラムについては日本語で同館のケリーさんまで、電話213・628・2725、内線133。[email protected] 【永田潤、写真も】

特集記事
0

米国人の誰もが知るすし、天ぷら、テリヤキチキン、酒のほか、ラーメンやお好み焼き、焼きそば、焼き鳥、お茶など幅広い食文化を紹介する「和食と酒フェスティバル」がこのほど、ガーデングローブのホテル、ハイアット・リージェンシー・オレンジカウンティーで開かれた。約1500人の来場者が多種類の日本食を賞味し奥の深さを実感した。 昨年の成功を受け第2回目の開催となったイベントは、安全な正しい和食の啓蒙を目的に設立された非営利団体「JFCA」(Japanese Food Culture Association・雲田康夫代表)と今年創立100周年を迎える「南加日米協会」(ダグラス・アーバー会長)が共催。昨年同様、日本政府、JETRO(日本貿易振興機構)LA事務所などが協賛した。日本から14社が来米し、地元の有名レストランなどが参加した官民一体のプロジェクト。和食をより多くの人に知ってもらおうと、翌6日から3日間アナハイム・コンベンションセンターで開かれた米国最大級の自然食品の見本市「ナチュラル・プロダクツ・エキスポ」に合わせて開かれた。 ターゲットを絞って、業者と一般の2部に分け各種イベントを展開した。昨年よりも1・5倍展示場を広げ67業者がブースを出展。約1500人(業者600人、一般900人)の参加者で賑わった。一般企業のみならず、秋田、福岡の2県も参加。秋田はコメ(あきたこまち)、漬け物、のり、福岡はみそや麦米、お茶、いちごなどを出品し売り込みに務めた。 先に開かれた昼の食品業者向けイベントは、地元のレストランやスーパーマーケット、ホテル、酒屋などから参加。各種日本食の試食や地酒を試飲するなどし、情報の入手に務め商談を進めた。 台湾出身でニューポートビーチでケータリングサービス「クリスタル・コースト」を共同経営するジャッキー・チェンさんとジャナ・チェンさんは今回が初参加。不況に左右されない富裕層の顧客に支えられ、10年間で大きく成長し成功を収めている。個人、企業の各種パーティーでインターナショナルフードを提供し、日本食は一番の人気だ。立食パーティーにはつまみの一品料理が受け、特にすしの注文は多い。この日は、すしや刺し身に合う地酒を熱心に飲み較べ、顧客の注文に備えていた。 日本食を米国で広めた2人の日本人、吉田潤喜さん(ヨシダソース社長)と雲田康夫さん(元米国森永乳業社長)が講演した。2人は、米国日本食業界での成功の秘訣を伝え参加者を納得させたばかりか、エンターテイナーぶりを発揮し笑わせ会場を沸かせた。 ヨシダソースは、オレゴン州ポートランドを拠点に全米展開し、最近ではカリフォルニアにも進出している。吉田さんは今回、同イベントに初参加し「非常にすばらしい。こんなに人が来るとは信じられない。(米国西北部の日本食業界も)負けてられない」と刺激を受けた様子。「シアトルでやったらもっと客が呼べる」と、同様のイベント開催に意欲を示した。 夜の一般向けは、各種料理の試食、地酒、緑茶の試飲はもとより、日本料理の知識や品質管理・食品衛生も啓蒙。地酒では各ブランドのおいしい飲み方(温度や料理との相性)の指導や、簡単な手巻きずし教室も開かれた。米国日本食レストラン協会(JRA)会長の上地勝也氏が、料理のデモンストレーションを行い、プロの妙技に感嘆の声が上がった。 在ロサンゼルス日本国総領事館の平中隆司領事(農水省)は、各ブースの長蛇の列に満足し「ラーメンやお好み焼き、焼き鳥など庶民の日本食から和牛(群馬産)など高級食材までを紹介できた」と語った。特に日本が誇る霜降り和牛は「(米国産の)KOBE BEEFとの違いが分かってもらえた」と力を込めた。 雲田代表は、今年の成功を「すしに限らずバラエティーに富んだ和食を紹介でき、来年への基盤をさらに固めることができた」と胸を張った。地酒については、大吟醸や吟醸などの種類を知ろうとする消費者が増えていることを指摘し、「『ワインバー』感覚で気軽に飲んでもらえれば、もっと人気がでるだろう」と述べた。【永田潤、写真も】

特集記事
0

  大阪を発着点にマラソンとヨットで2年半掛けて世界を一周する「アースマラソン」でロングビーチ港に到着(10日)したお笑いタレントの間寛平さんがこのほど、ニューヨークへ向け走り出した。3日前にヨットから飛び降りマーキングした起点に再び立ち、記者に囲まれ意気込みを語った。

特集記事
0

陸路を得意のマラソンで、海路はヨットで世界を一周する「アースマラソン」に挑み昨年12月17日に大阪をスタートしたお笑いタレントの間寛平さんがこのほど、ロングビーチ港に到着した。今年元日に千葉県鴨川から米大陸に向け出港、この日69日間1万2710キロに及ぶ太平洋横断に成功し、念願の世界一周へ第一関門を突破した。 港には報道陣や航海ブログをチェックし駆けつけた日本人ファンら約100人が到着を待ち構える中、寛平さんはデッキから「カンペー」という声援に応え大きく手を振りながら入港した。妻光代さんを見つけると、思わず号泣。船から飛び降り「着いたぞー」と雄叫びをあげ、万歳三唱し最初の長旅の成功を祝った。 寛平さんは、記者団に囲まれ「少しふらつく」と言いながらも疲れた様子も見せずに荒波に打たれた航海を振り返った。辛かったのは、「なぎでヨットが進まず何もできなかったことが一番しんどかった」。逆に楽しかったことは「『がんばらねば』と、大嵐を乗り切れた瞬間」と語った。 「ブログの書き込みを見るのが一日の楽しみだった」と応援メッセージを糧にしたといい、在米日本人に向け「応援に来て下さい」と、後押しを呼び掛けた。船内では、北米大陸横断に備え筋力トレーニングに務め、食事は「おかゆがおいしかった」。今食べたいものは「ヤキニクー」と何度も叫んだ。太平洋横断は「世界一周の自信にはまだなっていない」と、これからの遥かな旅を見据え気を引き締めていた。 カメラマンのリクエストに応えては、再びデッキに上り得意のギャグを披露するなど芸人魂を見せつけた。健康診断を受け、英気を養い2、3日後に一路ニューヨークへ向け走り出す。1日50キロを目標に、5日走って1日休むペースを予定している。 アースマラソンは、「地球一周が夢だった」という寛平さん自らが発案。ランニング2万キロ、ヨット1万6000キロの計3万6000キロを2年と半年を掛けて世界一周する壮大なプロジェクトだ。人力と風力だけで進む「エコ」の旅と寛平さんは胸を張る。 アメリカ、ユーラシア大陸、太平洋、大西洋の世界2大陸2大洋を征服する。記録として過去に5大陸を走破した例があるが大陸間移動は空路を使っており、マラソンとヨットで世界を一周するのは寛平さんが世界で最初だという。 米国はロングビーチを起点にロサンゼルス、シカゴを通過してニューヨークまでの約4800キロの道のりを約4カ月で走り米大陸を横断する。その後、大西洋、ヨーロッパ 、 中央アジア、中華人民共和国を経て2011年春のゴールを目指す。 2016年東京五輪誘致大使を務める寛平さん。シカゴとマドリード(スペイン)をルートに選んだ理由は、候補都市として良きライバルであるからだという。開催都市が決定する今年10月2日のコペンハーゲンでのIOC総会を目指す。 寛平さんは今年7月20日に還暦を迎えるが体力維持に努め、同プロジェクトでは1日50キロを20日間連続で走り本番へのデータを揃えた。フルマラソンは国内外で約50回経験し、24時間マラソン(200キロ)や神戸―東京間約600キロを7日間で、ギリシャの鉄人マラソン「スパルタスロン」(36時間以内で245・3キロ)を3度走破し、最も過酷と言われるアルチメイト・マラソンを5度走破するなどの健脚を誇る。 チャレンジ中、日本には一度も帰国せず、すべてのレギュラー番組を降板する。アースマラソンのチャレンジを伝えるブログは毎日更新されている。 www.earth-marathon.com 【永田潤、写真も】

特集記事
0

アケーディア市のサンタアニタ競馬場で3月28日に開かれた「ジャパン・ファミリーデー」で日本文化を紹介した参加者がこのほど、競馬場から数マイル南に離れた同市立ダイナ中学校(ジム・タロウリー校長、生徒数約800人)を訪問し、福島県の「相馬野馬追」や相馬焼、相撲、空手、おりがみ、書道を披露した。

1 95 96 97 98