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共同貿易創立80周年:
「日本の味を世界の人々に」
食文化普及に執念燃やす
2006年11月25日

 「トロ、クダサイ」「ヒラメヲ、サシミデ」などとニホンゴで注文し、
地酒で「カンパーイ」と、すしバーで騒ぐアメリカ人。今では見慣れた光
景だが「アメリカ人は生魚は食べない」という「神話」を覆し、すしを中
心に日本食を全米に広めたのが共同貿易株式会社(本社ロサンゼルス、金
井紀年社長)だ。その「影の立役者」が創立80周年を迎え記念祝賀会を
11日、ネバダ州のウィン・ラスベガスで開いた。本社と各支社から社員
と、その家族、取引会社など204人が集い盛大に祝賀。「日本の味を世
界の人々に」を標語に、食文化普及に執念を燃やす全社員は心を1つに
し、新たな1歩を踏み出した。(取材=永田 潤)

Kyodo

創立80周年を盛大に祝う社員ら

記念祝賀会:長い歴史振り返り
さらなる発展を誓う

 祝賀会は、はじめに金井社長があいさつし、同社80年の長い歴史を振
り返った。金井社長は、「日本の食文化」を根付かせたことを強調。異文
化紹介の難しさを説きながら、今では地球規模となった日本食を広めた先
駆者である同社の功績を評価した。また、さまざまな人種と多くの移民で
構成する従業員や、取引会社の支援に「みなさんの助けなしでは、成し遂
げられなかった」と謝意を表した。

 鏡割りが行われ、金井社長らが掛け声とともに力強く樽を叩き、祝賀ム
ードに包まれたまま勝俣靖夫副社長の音頭で祝杯を挙げた。「80年の歩
み」ではスライドショーで社史を紹介。古い白黒写真の中で、若かった当
時の従業員の奮闘する姿が映し出され、歓声や笑いは絶えず、大きな拍手
が鳴り響いた。

 来賓が祝辞を述べ、宝酒造の後藤勲氏は米国支社設立時の共同貿易の支
援に感謝し、「御社の100年、200年、1000年の繁栄を願い、わ
が社もともに歩んで行きたい」と希望した。

 席上、間近に迫ったサンディエゴ支社オープンがアナウンスされると、
期待を込めた温かい拍手が贈られ、社員表彰では勤続10年、20年、3
0年、50年の16人に記念品と楯を贈呈。最後は藤川成長副社長が指揮
し、威勢のいい一本締め。さらなる発展を誓い、祝宴は幕を降ろした。

「タクアン貿易」から世界へ
金井社長の経営参加で大躍進

Kyodo

1926年4月19日、小東京
の小さな日系食料品店の12店
主らが共同出資し共同貿易(星
崎定五郎初代社長)が誕生し
た。望郷食として日系移民に愛
され商売は成り立っていたが、
扱う商品は味噌やしょうゆ、漬
け物、缶詰、だし昆布など乾物
ばかり。「タクアン貿易」と呼
ばれ、日系社会で移民1世を相
手にしたビジネスに限りがある
ことを認めざるを得なかった。

 金井社長はビジネスマン石井忠平氏の助言で51年、ロサンゼルスの共
同貿易に商品を輸出する東京共同貿易に出資し手腕を発揮。金井社長の経
営参加は、大躍進をもたらすことになった。

ターゲット変え業務用に力
「すし」に着眼、生魚を主力に

 64年に家族と渡米した金井社長はタクアン貿易の限界を痛感。ターゲ
ットを白人に切り変え、全米の巨大マーケットに進出した。家庭よりも先
に業務用に力を注ぐ戦略で、レストランから攻めた。

 数ある日本食の中から、「すし」に着眼。利益の大きい生魚を主力に、
日本食レストランに商品を卸す事業を展開した。また、腕のいい若い日本
人板前の独立を支援。開店のアドバスや資金を貸与し、オーナー&シェフ
に育て上げ、末長い顧客に取り込んでいった。

多彩な日本食もたらす

 移民1世は九州、山陽、関西の南部など西日本出身者が多いため、その
地方の食べ物が主流だった。そこに、カツ丼やカレーライス、ラーメン、
おでん、ぎょうざ、オムライスなど関東の料理をもたらしたのも同社。新
1世に受け入れられるとともに、日本食の多彩さをアメリカ人に認知させ
た。

二大危機で現地化進め
世界進出の基盤構築

 健康食ブームの恩恵も受け順調に成長を遂げたが、71年には2つの危
機に陥る。チームスターによる港湾ストと、ニクソン・ショックとして歴
史に残る為替の変動相場制への移行。荷役停止で商品は出荷できず、1ド
ル360円からの円高進行は経営を直撃した。この2大事態を受け、現地
調達、生産・販売を促進。その流れは世界進出の基盤となり、日本のみな
らず世界中から食材を取り寄せ、現在では世界34カ国と取引し、5千品
目を扱うまでに飛躍した。

正しい日本食を啓蒙し
ブームの地酒に力注ぐ

Kyoto

 「日本食は文化」と位置付
け、販売のみならず各種イベン
トを主催し正しい日本食を啓
蒙。起業を目指す人を対象にし
たレストラン経営セミナーでは
韓国系や中国系など商魂たくま
しい非日系の日本食レストラン
経営者や板前を育成、レストラ
ンショーでは業者間の縁を取り
持つ。日本食業界全体の高いレ
ベルを保持させ、日本の食文化
を根付かせることに尽力する。

 一般の日本食が全米に浸透した現在、趣向性の高い「こだわり」の食品
販売を開始。鮮度をより高く保つ超低温冷凍魚やブームの地酒に力を注ぎ
試飲会を開いている。

勝俣副社長の話  50年勤続。1956年、東京共同貿易に入社。最初
は貿易で使う英語に手こずり、冷や汗をよくかいたのも、今では懐かしい
笑い話。

 58年の渡米時は社員8人だったので荷下しから配達、セールスまで何
でもやった。会社を支えたというよりも、大きな兄である金井社長に引っ
張られ、育ててもらった感じ。

 今後の課題は部下たちにどこまで引き渡せるか。会社が先に進むには、
すべての部署が手をつながなければならず、若者の意見を聞くことも大事
だろう。

 藤川副社長の話 当時の石井社長と金井現社長が直々に大分県の山奥に
ある実家まで来てスカウトされ上京、2年後渡米。「俺に付いてこい」と
いう金井社長の言葉を信じ、会社に尽くしてきた。

 レストラン開業を志す職人にセミナーで指導し成功させたり、卸した食
材が喜んで食べてもらえるのがうれしい。健康食ブームに乗り、会社が伸
びていったことが印象的。

 顧客に親切で堅実な経営が自分の性格に合っている。まとまりがあり、
部署の隔たりがなくみんなが平等な会社で働けたことが幸せ。培ったもの
すべてを若い人に伝えなければならない。

 雲田康夫・森乳顧問の話  北米進出当初は豆腐販売を共同貿易に全
面委託するつもりでいた。しかし、金井社長から「自分たちで売りなさ
い」と言われ方針転換し、アメリカに骨を埋める覚悟をした。一念発起
し、今では全米で半数にあたる約1万8千店のスーパーマーケットの棚に
豆腐を並べられるまでになった。

 自社の利益だけを追わず、共存共栄し食文化を広めるという理念の共同
貿易から、わが社のように助けられた企業やレストラン経営者は多い。私
がサラリーマン社長から、現地人になれたのは金井社長から多くのことを
学んだからこそ。

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