一般の日本食が全米に浸透した現在、趣向性の高い「こだわり」の食品
販売を開始。鮮度をより高く保つ超低温冷凍魚やブームの地酒に力を注ぎ
試飲会を開いている。
勝俣副社長の話 50年勤続。1956年、東京共同貿易に入社。最初
は貿易で使う英語に手こずり、冷や汗をよくかいたのも、今では懐かしい
笑い話。
58年の渡米時は社員8人だったので荷下しから配達、セールスまで何
でもやった。会社を支えたというよりも、大きな兄である金井社長に引っ
張られ、育ててもらった感じ。
今後の課題は部下たちにどこまで引き渡せるか。会社が先に進むには、
すべての部署が手をつながなければならず、若者の意見を聞くことも大事
だろう。
藤川副社長の話 当時の石井社長と金井現社長が直々に大分県の山奥に
ある実家まで来てスカウトされ上京、2年後渡米。「俺に付いてこい」と
いう金井社長の言葉を信じ、会社に尽くしてきた。
レストラン開業を志す職人にセミナーで指導し成功させたり、卸した食
材が喜んで食べてもらえるのがうれしい。健康食ブームに乗り、会社が伸
びていったことが印象的。
顧客に親切で堅実な経営が自分の性格に合っている。まとまりがあり、
部署の隔たりがなくみんなが平等な会社で働けたことが幸せ。培ったもの
すべてを若い人に伝えなければならない。
雲田康夫・森乳顧問の話 北米進出当初は豆腐販売を共同貿易に全
面委託するつもりでいた。しかし、金井社長から「自分たちで売りなさ
い」と言われ方針転換し、アメリカに骨を埋める覚悟をした。一念発起
し、今では全米で半数にあたる約1万8千店のスーパーマーケットの棚に
豆腐を並べられるまでになった。
自社の利益だけを追わず、共存共栄し食文化を広めるという理念の共同
貿易から、わが社のように助けられた企業やレストラン経営者は多い。私
がサラリーマン社長から、現地人になれたのは金井社長から多くのことを
学んだからこそ。