小山さんは「『おけいの墓』がこのような事態になっていると初めて知
り、驚いている。8年ぶりに訪れたが、墓石が2つに割れ、接着剤で貼り
合わせてあった。心ないだれかがいたずらしたのだろうか。墓のある丘に
立つと、故郷を思いながら若くして亡くなったおけいの無念さが胸に迫っ
てくる。今は行動を起こす段階ではないが、今後、北加の県人会とも連絡
を取り合い、同郷のパイオニアゆかりの史跡保存に努めたい」と話してい
た。(大西、写真も)
おけいの墓
カリフォルニア州の州都サクラメント市の北東約40マイル、エルドラ
ド郡内の私有地にある。周囲は牧草地で、近くに1849年、金発掘「ゴ
ールド・ラッシュ」で沸いたコロマ市があり、一帯は金発掘にちなみ「ゴ
ールド・ヒル」と呼ばれる。墓はコールド・スプリング・ロードという道
路から約500メートルほど南東に入った丘の上にあり、元コロニーの敷
地内。「おけい」が寝泊まりしたとされる母屋など3棟も道路沿いの敷地
内にあるが、現在は老朽化している。
若松コロニーとおけい
1869年、戊辰戦争で新政府軍に敗れた会津藩ゆかりの有志が、お茶
と絹の生産でカリフォルニアで新天地を開こうと、ドイツ人シュネル氏を
リーダーとして渡米。「おけい」は日本人妻を持つシュネル一家の子守と
して同行。乾燥した天候で桑や茶が育たないなど、コロニーは2年足らず
で失敗。コロニーは離散、シュネル一家は「金策のため」日本に帰国。
「おけい」は、2人の入植者とともに残り、農地を譲り受けたオランダ人
ビアカンプ家に奉公するが、間もなく病気のため19歳で亡くなったとさ
れる。会津若松には「おけい顕彰会」はじめ歴史研究がさかんで、さまざ
まな説がある。カリフォルニア州は1969年、コロニー入植100周年
を記念し「若松コロニー(Wakamatsu Silk and Tea Farm Colony) 跡」を
州の「景勝地」に正式指定、記念碑がゴールド・トレイル小学校の入り口
付近にある。 |