県人会協議会の川口吉則会長はまず、ミシェル・スズキ同祭実行委員長
をはじめとする委員会と側面支援するボランティアに謝辞を述べた。受賞
者をたたえ、「長きにわたり、それぞれの分野で血のにじむような努力と
苦労により、米国社会における日本人、日系人としての信頼を構築され
た。若者のその分野への選択を容易にし、しかも高い地位で活躍できる環
境を整えて下さった」と敬意を表した。
昼食をはさみ、国次かつみさんが受賞者の功績を紹介。6人は各コミュ
ニティーでの献身的な活動が認められ、今回の受賞につながった。
カンノさんは1957年に市制化されたファウンテンバレーの初代市長
に就任。日系社会では、アリゾナ州ポストン強制収容の体験について語り
続けている。木津さんは日本郷土民謡を継承する「竹嶺会」のLA支部長
として、30年近く指導と普及に尽力。敬老ホームなどでもボランティア
で指導。ミヤハラさんは、東本願寺や禅宗寺、パサデナ日本語学校などに
携わった。剣道で米国最高の八段の腕前で師範。68年に南加剣道連盟会
長に就任。宮崎さんは日系社会を中心にさまざまな団体で活躍し、重職を
歴任。05年にはオレンジ郡日系協会の会長職を、内藤ジャックさんから
引き継いだ。柴さんは日本語学園協同システムの理事長を務めるなど、学
園の発展に尽力した。静岡県人会会長として、百周年記念事業でリーダー
シップを発揮。南加県人会協議会会長、南加日商理事を務めた。豊田さん
は南加熊本県人会、南加県人会協議会で会長を歴任。日本文化の保存・普
及にも力を注ぎ、南加詩吟連盟理事長、南加国風流詩吟・吟舞連盟副会長
を務めている。
受賞者を代表して謝辞を述べた柴さんは、第2次世界大戦の戦火をくぐ
り生き抜き社会貢献を継続する六人の共通点を紹介しながら、「われわれ
は生かされている喜びに感謝して、惜しみなく各団体で奉仕し、平和を味
わいながら今日までの道のりを歩んできただけなのですが、思いがけない
賞をいただき、感涙にむせぶ思いでいっぱいです」と受賞の喜びを表わし
た。
受賞者は二世週祭委員会、市、郡から賞状を授与され、13日に行われ
たグランドパレードで、それぞれオープンカーに乗って堂々と行進。沿道
からひときわ大きな拍手と声援が送られた。
(潤、写真も) |