米国にウニが普及
捕獲増加で漁獲制限も
2006年6月14日
1970年代までは、昆布を食い荒すということで、ダイバーを雇って
除去されていたウニ。それが、70年代に主に日本に向け出荷されるよう
になってから、ウニが「商品」として徐々に注目されるようになり、その
後、捕獲制限を設けなければならないほど、需要が高まった。現在では日
本食ばかりでなく、イタリアン・レストランやフレンチ・レストランなど
でも使われているウニ。オックスナードのウニ取扱会社「トレードウイン
ド・シーフード・インク」の出町正司社長に、米国におけるウニの普及状
況などについて聞いた。 |


今後のウニのビジネスに自信をみせ
る「トレードウインド・シーフード・
インク」の出町正司社長=オック
スナードの工場で
(写真=オードリー・塩見)
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出町さんが渡米したのは1974年。ちょ
うどウニの日本への出荷が始まったころだっ
た。ベンチュラにある会社と契約して就職し
たが、当時は加工会社もダイバーもウニにつ
いての知識がほとんどなく、日本から業者を
呼び、勉強しながら事業を展開。ほとんどは
築地を中心に出荷していたが、カリフォルニ
アのウニはサイズが大きすぎたことや、為替
相場の状況もあり、まだまだビジネスとして
はほとんどが赤字の状態だった。
出町さんが自分の会社を起こしたのは80
年代中盤。日本はバブル景気で、輸出は大幅
に増加していた時期だった。業者もどんどん
増え、日本からも進出してきていた。規制は
そうした状況が続いていた89年に設定さ
れ、5月から10月までは捕獲日数が1カ月 |
に4日間、あるいは3日間に制限された。漁獲するウニのサイズはその
後、中間のものが主流となっていった。
米国でのウニの需要が拡大し始めたのは、日本のバブルが終わった19
90年代後半。寿司をはじめとする日本食の広まり、健康食に対する理解
の浸透などで、食べ方も、煮たり焼いたり、あるいは蒸したりと、いろい
ろな方法がとられるようになった。日本食以外のレストランでの取り扱い
が始まったのもそのころだった。 |
しかし、そうした状況に目を
つけ、日本やカリフォルニアだ
けでなく、メキシコ、チリ、中
国、ロシアなどもウニの輸出を
始めたことで、ウニの値段は
徐々に低下。その一方で、獲れ
るウニそのものの量が少なくな
ってきたこと、ダイバーの高齢
化などの問題が出始め、需要は
増えているもの、ビジネスは
徐々に淘汰の時代に。バブル期
に進出していた日本の業者で引
き上げるところもあり、現在の
ウニ加工業者はカリフォルニア
州に11となった。捕獲規制は
そうした状況も受けて、現在で
は緩和の動きが出ている。 |
捕獲されたウニをボートからトラックに移す出町さ
んの会社の従業員。これから出町さんの工場に運ば
れる |
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出町さんの会社では現在、50人近くが働いているが、出町さんは「一
時は獲り過ぎてなくなるんじゃないか」と心配していたことを明かしなが
ら、「今はちょうどいい具合」と全体的な状況を分析。「ウニの需要は米
国で伸びており、その点では心配していない」と自信をみせている
加州で獲れるウニ
出町さんによると、南カリフォルニアで獲れるウニは「紫ウニ」(英語
で「レッド・シー・ウーチン」)が大半。北カリフォルニアでは、日本で
「馬糞ウニ」と呼ばれるものも獲れるという。
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ダイバーが捕獲し水揚げしたウニを割ったところ
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紫ウニは味が淡泊で、魚くさ
さがあまりなく、こってりした
感じもないが、味は良く、「米
国人向け」という。
南加ではオックスナードの
他、サンタバーバラ、ロングビ
ーチ、サンディエゴでも獲れ
る。
大きさは以前1個2、3ポン
ドのものが多かったが、今は1
個1ポンド以下。 |
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紫ウニは寒流系なので、水温が50度ほどの海の底で産卵。主にジャイ
アントケルプを食べて育つ。食べる量などによって違いもあるが、卵から
ほぼ3、4年で捕獲するのに適したサイズになる。
加工は、機械を使っているところもあるが、出町さんのところでは割る
ところからとげ取りまで、一貫して手作業で行っている。
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