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音楽の散歩道
ギネスの女義太夫、逝く
2008年8月29日

おがわ・ひろこ

小川弘子

神戸大学教育学部音楽科卒。同
大学院修士課程修了。専門はピ
アノ。歌曲、オペラアリアなど
声楽の伴奏を得意とする。97年
に渡米し教会、コミュニティー
団体などで伴奏している。

 厚生労働省発表の平成19年(2007年)簡
易生命表によると、日本人の平均寿命は、女性が
85・99歳で世界1、男性は79・19歳で第
3位です。2000年からWHO(世界保健機
関)が新たに発表するようになった健康寿命とい
うのは、平均寿命から病気や痴呆、衰弱などで要
介護となった期間を差し引いたもので、要するに
健康に暮らせる期間のことです。こちらも日本は
74・5歳と世界最長なのだそうです。

 とは言っても、その年齢までには、大抵の人は
仕事の第一線を引退しておられますが、中には驚
異的な体力、気力、才能で現役を続けるパフォー
マーたちがいます。1906年生まれの舞踊家、
大野一雄さん、1914年生まれの歌舞伎役者、
中村又五郎さん、1920生まれの女優、森光子
さん、海外では1925年生まれのロシア人バレ
エダンサーのマイヤ・プリセツカヤさん。森光子
さんは現在もバリバリの現役ですし、他の3名も
つい最近まで舞台で活躍されていました。

 2000年に95歳で開催したリサイタルに対し、2002年ギネスブ
ックに「世界最高齢の弾き語り」として認定され、その後も活動を続け2
003年にもミニライブを開いた、女義太夫の四世竹本綱吉(たけもと 
つなきち)さんも、そのような驚異的な舞台人の1人でしたが、今月8日
老衰のため103歳で亡くなられました。1905年京都生まれ、義太夫
好きの父親の影響から7歳で三世竹本綱吉に入門、9歳で初舞台。女義太
夫の中で1923(大正12)年から8年連続で人気投票1位になり、3
3歳で四世綱吉を襲名。芸の幅は広く、レパートリーは百を越すといわれ
ました。

 女義太夫とは、明治を最盛期とする、太夫1名と太棹という低音の三味
線1名とで演じられる浄瑠璃で、その人気は絶大なものでした。かみしも
姿のうら若き太夫(語り手)が、身を乗り出し日本髪を乱すほどの熱演を
し、落ちたかんざしを拾うために熱狂的ファンである学生たちがわれ先に
と舞台に駆け寄る、佳境にさしかかると客席にいる書生たちが「どうす
る、どうする」と声をかけるなど、いわばアイドル的な存在だったので
す。ごひいきの太夫を追いかけて連日、寄席を渡り歩く者も出る始末で、
当時の新聞に、「嘆かわしい風潮である」という意見も掲載されたほど。
アイドル歌手の追っかけと同じことが明治時代から起こっていたのです。

 そんな中で四世竹本綱吉さんは、戦前はステージプロとして、戦後は京
都市内に自らの道場を開いて主にレッスンプロとして、103年の生涯を
現役として通しました。初舞台から最後のミニライブまで98年、健康寿
命が74・5歳という21世紀においても、驚くべき数字です。100歳
まで、毎朝の稽古を欠かさなかったというのですから、それが健康の秘訣
だったのでしょう。長生きするだけでなく、健康なだけでもなく、一生を
現役で過ごせる、宮沢賢治ではありませんが、「サウイフモノニ ワタシ
ハナリタイ」。

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