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音楽の散歩道
「篤姫」の時代と音楽
2008年9月27日

おがわ・ひろこ

小川弘子

神戸大学教育学部音楽科卒。同
大学院修士課程修了。専門はピ
アノ。歌曲、オペラアリアなど
声楽の伴奏を得意とする。97年
に渡米し教会、コミュニティー
団体などで伴奏している。

 ロサンゼルスでも放映されているNHKの大河
ドラマ、「篤姫」をご覧になっているでしょう
か? 薩摩藩の島津の分家に生まれた娘が、徳川
幕府第13代将軍家定の御代所となり、夫亡き後
も徳川の人間として生きていく姿を非常に興味深
く描いています。その篤姫が嫁ぐわずか3年前の
1856年に、浦賀沖にペリー提督率いる黒船が
やって来たわけですが、彼らがもたらしたのは、
政治的野望だけではありませんでした。

 アメリカ大統領フィルモアの親書を携えて訪日
したペリーは、現在の神奈川県横須賀市久里浜に
上陸した際、率いていた軍楽隊に「Hail
Columbia」と「Yankee Doodle」を演奏させまし
た。「Hail Columbia」は、1931年に「Star
Spangled Banner」が正式に国歌に指定されるま
では事実上の国歌として親しまれていた曲、
「Yankee Doodle」は独立戦争時代から歌い継が
れた愛唱歌で、つまりアメリカを象徴するような
曲を奏しながら、日本に初上陸したのです。それ
までまったく耳にしたことのない音楽を聴いて、
人々がどれほど驚いたか、想像に難くありません。

 1年後に親書に対する返事を受け取りに来る約束したペリーは翌年、
7隻の戦艦を従えて再来航し、結果的に横浜で日米和親条約を締結するこ
とに成功します。そのことを記念して、幕府の主だった役人を戦艦に招い
たパーティーでは、ミンストレル・ショーというその頃アメリカで大流行
していた音楽が演奏されました。これは、白人が黒人のように顔を真っ黒
に塗り、各々にバンジョー、ヴァイオリン、タンバリン、ボーンズ(馬な
どの骨を使った一種の打楽器)などを演奏しながら、コミカルな歌を歌い
踊るというものです。今の時代ではとても許されることではありません
が、当時はいくつものミンストレルバンドが人気を博し、「おおスザン
ナ」や「草競馬」で知られる作曲家フォスターも、ミンストレルのための
曲をかなり残しています。

 いつもは厳粛な振る舞いをする幕府の役人たちも、さすがにこのショー
には笑いこけていたそうです。歌詞の意味がわからなくても、その陽気な
メロディと滑稽なしぐさに、つい渋りきった気分も開放されたのでしょ
う。リズムも違えば、音階も違う、楽器も見たことのないものばかりだ
し、政治的なこととは違った意味で『異国』を感じたかもしれません。

 2回にわたるペリー来航に際しての音楽体験は、ほんのわずかな限られ
た人たちのみのものであり、これがすぐに日本国中に広がっていったわけ
ではありません。篤姫の輿入れもまだこの後ですし、明治維新まで15年
あります。薩摩が英国式軍楽隊の伝習を受け始めるのは明治2年ですし、
日本初の音楽教科書となる『小学唱歌集第1編』が発行されるのは、篤姫
の亡くなる2年前である明治14年のことです。こんな激動の時代の幕開
けに「Yankee Doodle」やミンストレル・ショーを見聴きした人たちのと
まどいや驚き、興奮を想像しながら、音楽に注目しながらドラマの続きを
見るのもおもしろいかもしれません。

 

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