LA東京会:「おめでとう、10周年」
発会の地で記念祝賀会
2008年11月2日
乾杯で発声する顧問の金井さん
南加の県人会の中で最も歴史の浅い「LA東京会」(高瀬隼彦会長)は
今年創立10周年を迎え10月26日、発会した地、小東京のキョウト・
グランドホテル(旧ホテル・ニューオータニ)で記念祝賀会を開催した。
約180人の参列者が10年という節目を盛大に祝い、会員は初心にかえ
り更なる発展へ結束を誓った。
東京出身者の親睦会の歴史をひも解くと、1907年に「東京人会」が
設立した記録がある。戦後も「首都会」「東京都人会」「武蔵野会」「江
戸っ子会」が発足したものの2、3年という短命に終わった。いつもの繰
り返しに「郷土意識が希薄だ」「移り気だ」「辛抱が足りない」などと揶
揄されたこともあった。
そんな中、活発な活動で親睦を深める他の県人会に触発された有志が一
念発起。1998年10月10日に発会式を催し、約50人の会員ととも
に約130人の参加者が見守る中で船出した。過去の幾度の失敗を教訓に
一致団結。新年会や花見、花火大会、観劇など活発に活動し、掲げた目標
「5年間継続」を難なく越えた。
10周年祝賀に備え2年前に実行委員会(半田俊夫委員長)を立ち上げ
た。近年見直されている江戸文化に目をつけ「東京らしさ」を前面に押し
出し、三遊亭鳳楽さんの古典落語や東京をテーマにした写真コンテストを
企画。来賓は極力抑え、内輪の祝賀会を目指した。
晴れの式典の会場は、発会式で決意を胸に門出を祝った思い出のボール
ルーム。会員は10年間会が継続したことを誇りに胸を張って式に臨ん
だ。参列者から「おめでとう」という祝いの言葉が方々で掛けられ、会場
全体に祝賀ムードが漂った。写真コンテストの応募作品が展示され、式典
に花を添えた。雷門に仲見世、浅草寺、皇居と二重橋、東京タワー、隅田
川、銀座、通勤電車のラッシュアワー、夜景など個性豊かで郷愁をそそる
力作がそろった。
セレモニーは、高瀬会長のあいさつと、金井紀年顧問の祝杯の発声のみ
とし、配布した記念プログラムで来賓の祝辞に代えた。プログラムは、石
原慎太郎都知事の激励メッセージから始まる。10年の歩みを写真で振り
返り、写真コンテスト入賞者の作品紹介と選評、会員のエッセイ「私と東
京」など、東京会の熱い思いがいっぱいに込められている。
あいさつに立った高瀬会長は、関係者と支援者の尽力に謝意を表した。
10年続いたことに「役員に加え、ひとえに会員、日系社会のみなさんの
お陰。心からお礼申し上げます」と頭を下げた。「20周年、100周年
に向けて、さらに支援、協力をお願いします」と、呼び掛けた。金井さん
が音頭をとり、祝杯を挙げ式は最高潮に達した。
来賓の手塚義雅・在ロサンゼルス日本国首席領事は山梨で生まれ東京で
育った。千鶴夫人も東京出身であることから今年の夏に東京会に入会し、
この日を心待ちにしていた。活動を「1メンバーとして楽しみたい」とい
う首席領事は「日系社会の重鎮がそろっていて、多士済々。百年を目指
し、発展を」とエールを送った。
加藤譲孜・南加県人会協議会会長は渡米前の3年間、東京に在住。協議
会の理事を長年務め、東京会を発会当時から見守ってきた。「スマートな
会員が多い。他の県人会の刺激になるような斬新な企画を催し、(江戸っ
子の)粋の良さが感じられる」と高く評価。「若い会だが他の県人会をリ
ードする力があり、ロールモデルになってもらいたい」と期待を寄せた。
エンターテインメントは、古典落語の実力者として定評のある三遊亭鳳
楽さんの落語。「尻餅」と「妾馬」(めかうま)を披露した。2つの話を
終え会場のスタンディングオベーションに、小咄を追加。芸人魂が感じら
れた。
写真コンテストの授賞式が行われ、受賞者に記念の盾と総領事館からの
賞状が贈られた。式典は滞りなく執り行われ、最後は会のさらなる発展を
願った三本締め。半田委員長の号令で、テンポが速く、威勢のいい手締め
で幕を閉じた。
東京会には現在、約百十家族が籍を置く。会社社長、駐在員、芸術家、
専門職、引退者など多彩なメンバー。多くは渡米後、独立し事業を広げて
成功を収め、その恩恵を日系社会や米国社会への寄付やボランティア活動
などで還元。日本文化や教育の場でも活躍するなど、各分野で「江戸っ子
パワー」を見せつけている。
高瀬会長は初代会長に就任し10年間務めた。数年前に辞職の意向を示
したが、「10周年までがんばらなくては」と翻意。本職は建築士で、会
運営でもその手腕を発揮した。発起人の1人として青写真を描き、発足後
も綿密な計画を立て盛り上げた。1人ひとりの会員に気を配り、けん引し
た。式典ではテーブルを回り支援者に礼を述べると、「ごくろうさま」と
称えられ温かい拍手を浴びた。席上、「10年間ありがとうございまし
た」と今年度限りの辞意を表明。「会の地盤を固めることができた」と、
充実感溢れる勇退となる。(永田潤、写真も) |