今なぜ、庭園業なのか①
庭園業者としての誇り
加州立ポリテクニック大 上杉武夫名誉教授:
2009年4月18日
在ロサンゼルス日本国総領事館と南加庭園業連盟の共催で開催された、
加州立ポリテクニック大名誉教授、上杉武夫氏の講演会「今なぜ、庭園業
なのか—あらたなランドスケープビジョンのために」を、3回にわたり紹
介します。
2冊の本、「グリーンメーカーズ」(注1)と「ガーデナー風雲録」
(注2)を中心に勉強致しました資料と、日頃おつきあいしておりますガ
ーデナーの皆さんとの印象をもとに、(1)ガーデナーは職人であり、そ
の心意気を伸ばして頂きたいということ(2)今こそ雌伏の時、つまり耐
え忍びながらも、一緒に日本庭園を再度勉強しましょう—という2点を中
心にお話いたします。
この2冊の本から分ったことは、戦前、戦後を通じて努力された1世及
び2世ガーデナーの果敢な勇気と勤勉さ、そして優秀性こそ日系社会の礎
をきずいたのだということです。1世のガーデナーはつつましやかな農業
者でした。また、権利獲得のために戦ったファイターでもあり、時には詩
人でもありました。
この広い大地でおりなした、ガーデナーの苦労や功績の数々をたどって
いく時、一体、1世や2世の苦難の歴史を支えたものはなんであったの
か。個人的な違いはあるとしても、「日系人としてのプライド」であった
のではないかという事であります。そのプライドこそ、庭園業として花咲
き、連盟の発展につながって行ったのではないかと考えております。
では、一体ガーデナーの誇りはどこから来ているのでしょうか。それ
は、日本文化、中でも、日本庭園に負うところが多いのではないでしょう
か。
強制収容所マンザナの土地に日本庭園が造られたという話は有名であり
ますが、私は西九一郎氏が作った日本庭園の写真を見た時、その庭園に込
められた日系人の魂のようなものを感ぜずにはおれませんでした。また、
戦後のガーデナーの仕事が単に芝生のローンモアーだけではなく、樹木の
剪定や日本庭園づくりにも及んでいることを考えると、いかに日本人の天
性が庭づくりや手入れに向いていたかがよく分ります。
私は、以前からこちらのガーデナーの方々はどうして器用なのかとその
理由を知りたいと思っていました。と申しますのも、今から年以上ぐらい
前、ガーデナーの友達がいました。仕事内容を聞きましたら、ローンモア
ーからスプリンクラーの修理、薬剤散布、施肥に続いて、剪定もする、そ
して時には、日本庭園までつくると聞いて驚きました。しかも、仕事の量
が1日8軒から10軒程回りますと言うことでした。
私が、「そんなにたくさんのことをどこで学ばれたのですか」と聞きま
したら、「見よう見まねです」と言いました。工夫をし、試行錯誤を重ね
ながらのガーデナーなんだ、この方は職人に違いないとその時思いまし
た。あれ以来、多くのガーデナーの方々とお会いしてきておりますが、や
っぱり器用が取り柄の職人であります。
今回、移民の歴史を紐解く中で、アメリカへの移民が主として農業に従
事する人たちであったこと、しかも、俳句や川柳、民謡、舞踊、書道など
文芸にも秀でておられたという事実に接し、なるほど、盆栽や剪定だけで
なく、日本庭園も見事にこなされる理由が分かりました。出身地が農家の
出であると言うことから、もともと自然を読む技術を持っておられたに違
いない。そして、芸術に堪能であることからきっと、剪定や庭づくりもそ
れ程苦にならなかったのではないかと思われる。
農業、文芸そしてガーデナーの関係が戦前、戦後を通じて、南加庭園業
の伝統になり、職人気質のガーデナーが生まれたようであります。
(つづく)
注1 「南加日系ガーデナーの歴史と概説」ナオミ ヒラハラ編 南加庭
園業連盟発行 2000
注2 「川柳に残るガーデナー風雲録」関三脚編 南加庭園業連盟発行
2007
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