エバグリーン墓地:
日系戦没者を追悼
20団体、200人が参列
2009年5月30日

戦死したキヨシ・ムラナガさんの墓に献花
する遺族ら
メモリアルデーの25日、第2次世界大戦と朝鮮戦争、ベトナム戦争で戦
死した多くの日系兵士が多く眠るボイルハイツのエバグリーン墓地で追悼
式典が催され、遺族や戦友、友人、日系諸団体の代表ら約200人が参列
した。式典は2世退役軍人協会主催で1949年に始まり、今年で60回目。
式典は、第442部隊のイタリア戦線で手榴弾に覆いかぶさって自ら犠
牲になり仲間の命を救ったサダオ・ムネモリ上等兵を記念して建立された
殉国碑前で行われた。各代表が壇上であいさつし、日系兵士の功績を称え
英霊を慰めた。日系20団体の代表が1人ずつ献花。日系名誉戦没者の名が
読み上げられ、海兵隊員が礼砲、ラッパ吹奏の中で国旗掲揚し弔った。
代表演説を朝鮮戦争退役軍人の藤内稔さんが行った。日系兵士は「明治
時代に生まれた1世に育てられたので敬意と忠誠心のある「武士道」を持
ち、勇敢に戦った」と称え、「国家のために犠牲になってくれた」と、哀
悼の意を表した。
日系2世兵で構成した第100大隊442部隊の退役軍人の多くが今年
も元気な姿を見せた。同部隊は米戦史の中で最も勇敢に戦った内の一つで
あると高い評価を得ている。イタリア・フォルガリト山中で敵国のドイツ
軍に包囲され逃げ場を失い助けを求めていた約200人のテキサス部隊救
出。そのために、約800人の日系兵士の尊い命が奪われたという。
元442部隊の1人で20歳からの3年間イタリアとフランスに赴き最前
線で戦ったサム・イカリさんは、「戦闘毎に多くの若い仲間を失った」
と、激戦を振り返りながら亡き戦友の墓前で冥福を祈った。
イカリさんは北加トレーシーで生まれ、2歳から12歳まで佐賀で祖母に
育てられた。その後帰米し、志願兵として「国家のために戦った」と胸を
張る。現在のアフガニスタンとイラク戦争を「朝鮮、ベトナム戦争と同じ
で無駄である。石油の利権か、何のための戦争かはっきりしない」と嘆
き、「アメリカの戦争ではなく、国連軍主導でなくてはならない」と力を
込める。また、「兵士の数、戦費ともに他の欧州の国々と比べ桁違いに多
い」と指摘。「米兵は見えない敵と戦っていて、終わりが見えない。アメ
リカは世界のポリスになることはできず、早く撤退するべき」と訴えた。
南加日系婦人協会は、南加県人会協議会、南加日商と同じデザインの大
きな花輪を捧げた。坪井和恵会長は式典中、アリゾナ州ヒラリバー収容所
内での出陣式を想起したという。当時は、激しい日系人排斥の時代だった
と説明し、「日系の代表として志願し、戦い犠牲になった」と称賛。「勇
敢な日系兵士の活躍を称えるすばらしいサービスだった」と語った。
【永田潤、写真も】
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