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消えゆく記憶の中で1:
50点満点でええやないの
筒井完一郎・和子さん夫妻
2008年6月20日


筒井さん夫妻

「アルツハイマー型認知症」=脳が委縮し、記憶力や学習力、問題解決力
など認知機能が低下する脳の病気「認知症」の一種。全米アルツハイマー
協会によると、米国内には現在、約520万人のアルツハイマー病患者が
生活している。心臓疾患や乳がん、脳卒中などのように、予防法や特効薬
の開発などにより死亡率が減少傾向にある病気と異なり、治療薬のないア
ルツハイマー病の死亡率は2000年から05年の間に45%増加。65
歳以上の死因の5番目となっている。

 人生をともに歩んできた大切なパートナーの消えゆく記憶の中で、懸命
に介護にあたる家族は何を思うのか。アルツハイマー病とは一体どのよう
な病気で、どうつき合って行くべきなのか。実際介護にあたる3組の夫婦
を3回にわたって紹介する。 (取材=中村良子)

 

 三重県の田舎で生まれ育った筒井完一郎さん(79)が、親戚の結婚式
で見かけた都会育ちの和子さん(同)に一目惚れしたのは62年前。54
年に結婚後、子供の誕生、転勤、息子の渡米、夫婦で米国駐在、永住と、
ともに人生を歩んできた。

 1人息子の幹雄さんが住む加州ラグナニゲルへ引っ越して来たのは、退
職後の87年。以来、南加日系社会でも広く知られるおしどり夫婦とし
て、コミュニティーに貢献してきた。

 和子さんの病気を知ったのは、6年ほど前。友人から、「最近、和子さ
んが同じことを何度も聞いてくるようになったけど、1度検査してもらっ
たらどうかしら」と言われたことからだった。

 病院でアルツハイマー病と言われ、まず頭に浮かんだのは、「夜中のは
いかい」「人格破壊」「家庭崩壊」など、ネガティブな要素ばかり。最低
限の知識はあったが、これから始まるだろう介護を考えると、明らかに必
要な情報が欠けていた。筒井さんは本屋で関連本を見つけては購入し、必
死で情報を集めた。

 また、リトル東京サービスセンター内にアルツハイマー患者の介護をす
る「ケアギバー」を支援するグループがあると聞き、ソーシャルワーカー
から基本的な対応や対処の仕方を学んだ。

 和子さんの症状は主に▽同じ質問を何度もする▽どこに物を置いたのか
覚えていない▽水を出しっぱなしにしてしまう▽食事をしたことを忘れる
▽昔に比べ物事に対しておっくうになった—など、比較的初期段階で、6
年前から大きな変化はない。

 しかし、温厚な性格で知られる筒井さんでも、物忘れのひどくなった和
子さんに対し、イライラしている自分がいることに気がついた。常に百点
だった和子さんが、80点、60点と徐々に悪くなっていくのを目の辺り
にし、心の中で和子さんを責めていた。「このままではあかん。どうした
ら、昔のように愛のある夫婦に戻れるのか…」。

和子さんの横顔に学ぶ

 朝食を食べ終えたある日、和子さんが再び食事を作りはじめた。「また
や」。それが正直な気持ちだった。イライラしながらキッチンへ向かう
と、そこには、筒井さんにおいしい朝食を食べてもらおうと、懸命に料理
する和子さんの姿があった。

 「ほんならね、1回目と同じように、そりゃあ一生懸命作っとるわけで
すよ」。和子さんのその懸命な横顔を見た瞬間、自分がどれだけ浅はかだ
ったのか、心が狭い人間になってしまったのか、胸が痛んだ。「健常者の
脳が100としたら、妻には50しかない。でも、その残された50を精
一杯使って生きとるわけですよ。昔のままの価値判断で見てはいかん。今
は50点が満点。それで十分ですわ」

 肩の力がすっと抜け、心が穏やかになるのを感じた。以来、和子さんが
朝食を二度作っても、「もう食べたやないのー」「また腹減ったか?」
「ほんなら一緒に食べよか」と優しく、明るく、そして自然に対処できる
ようになった。笑顔に溢れた愛のある夫婦関係に戻った。

 筒井さんは、「本人かて、好き好んで何度も同じ質問をしているわけや
ない」と、決して相手を責めたり、怒ったりしてはいけないという。「残
された能力を使って、懸命に『今』を生きとるんです。われわれが応援し
てやらないかんのですよ」

 不思議なことに、筒井さんが和子さんに優しくなれたと同時に、和子さ
んもさらに優しく、穏やかになったという。「人生は鏡と同じですわ。す
べては自分から」

周りの理解と協力に感謝

 筒井さんは、和子さんの病気をオープンにしている。「県人会の中に
も、僕と同じ立場の人がおると思うんです。困った時に、『筒井さんのと
ころもそうやった』と連絡をくれれば、何かのお役に立てると思う」。た
だ、和子さん本人には知らせていない。「妻は毎日元気に生活している。
事実を話してもすぐに忘れてしまうが、余計な心配はかけたくない」

 筒井さんはまた、コミュニティーの理解と協力にも感謝している。和子
さんが利用する美容師さんは、何度も同じ質問をする和子さんに嫌な顔一
つせず、笑顔で同じ質問に答えてくれる。県人会のメンバーも、皆和子さ
んを優しく迎え入れてくれる。ある団体の新年会では、食後の余興で突然
カラオケを歌いたいと言い出した和子さんに、ステージ上で記憶を失った
り混乱してはいけないと、司会者がアドリブで「奥さんとひとときも離れ
たくないというので、筒井さんとデュエットで歌っていただきましょう」
と気遣ってくれたり、「皆さんにはとても良くしていただき、本当にあり
がたい」。

 薬が開発されていない今、すべては未知の世界。医師からは、「症状は
千差万別」と言われた。筒井さんは、介護者の対応次第で病気の進行を遅
らせることができると信じる。この先も常に明るく楽しく、ささやかな喜
びを与えることを心がける。「そのままの、今の彼女を受け入れることが
大切やと思う」

 1人息子の幹雄さんも、毎朝出社前に立ち寄り、3人で朝食を食べるの
が日課となった。朝食後は、2人で手をつないで散歩に出る。近所の夫婦
から、「どうしたらいつまでも仲良しでいられるの?」とよく質問を受け
るという。筒井さんの答えは、「優しい気持ちで常に一緒にいること」。
夕方からは2人で夕食の献立を決め、料理をする。これもすべて、楽しみ
ながら脳を活性化させるアクティビティーだ。

最後まで自宅で、自分で

 縁があり結婚した夫婦なのだから、最後まで見届けるのは夫の務めだと
話す筒井さんも79歳。健康管理には人一倍気を遣う。在宅ヘルパーの援
助を得てでも、最後まで明るく、楽しく、自宅で面倒を看る予定だ。

 「忘れることは必ずしも悪ではないんです。5分前のことを覚えていな
い妻は、今を生きとるんですよ。ほんま、明るい性格は出会った時と変わ
らんですわ。心の太陽や」

 

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