Browsing: コミュニティー

磁針
0

 歴史問題や輸出規制、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄など、日韓関係が戦後最悪レベルに陥っている現状に不安が募る中、コニー・カン記者ならば、どんな切り口で今の日韓関係に関する記事を書くだろう、と思いをめぐらしていた矢先だった。虫の知らせだったのか、悲しいニュースが届いた。

磁針
0

 これは日本に住んでいた頃の経験。中学受験の盛んな都心の小学校で息子は友だちと楽しく塾通いし、私は受験のイロハに目を向けていた当時、「どうなのだろう、これって」と思っていたことがある。目標校選びでは進学率や評判、通学時間、果ては制服のかっこ良さまでいろいろな指針があったが、校風については案外気にされていない様だった。

磁針
0

 寝耳に水だった。  日本滞在中の5月にシアトルから届いたのは、これまで40年以上高齢者ケアにあたってきた非営利団体敬老ノースウエストがシアトル敬老リハビリテーション・アンド・ケア・センターを年内で閉鎖するというニュースだった。  今年2月は敬老ノースウエストが催したオークションで40万ドル以上が集まるのを目撃し、4月には、成田に向かう2日前にシアトル敬老ボランティア感謝昼食会に出席したばかり。

磁針
0

 はっきりしないインフォメーションしか届かないまま、いよいよ恒例のファンドレイジングまで2週間と迫った頃、管理職あたりがそわそわし始め、準備が進んでいない様子がみえてきた。  州や連邦政府の援助が当てにならない昨今、コミュニティーの非営利団体のファンドレイジングは各種プログラムの死活問題であり、どの団体も必死で趣向を凝らして支援者に協力を呼びかけるのだが、今回は最初からテーマが見えず、ただ飲み食いの社交の場を提供して、その見返りに「寄付をねだる」様子が見えて気が乗らなかった。

磁針
0

 4月も終りだというのに、雨交じりの雪が一日中降り続いた土曜日。  「まるでシカゴみたいな天気だね」誰かの冗談を思い出しながら葉にも蕾にも雪を被って、それでも兵士のように直立している庭のチューリップを時々眺めて一日過ごしたが、一夜明けると雪はたちまち春の日差しに溶け、空は抜けるほど青く広がっていた。

磁針
0

 行きつけの郵便局や銀行の窓口に異変が起きている。私は米国西海岸で一番大きいリタイアメントコミュニティー、ラグナウッズ市の傍に住んでいる。近所の郵便局はかつてはそこの老人たちで賑やかだった。局員は彼らの名前を覚えていて、明るく迎え、小会話を交わしながら、仕事をテキパキと片付けた。

磁針
0

 「明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしく」  はや1月も終わるが、これからも何度も交わすだろうあいさつだ。  日系人会、教会・仏教会、県人会などの諸団体が週末ごとに新年会を催すと、シアトルでは最後の新年会が3月初めとなることさえある。最初は驚いたが、今では長く続く新年交歓は楽しみでさえある。

磁針
0

 年が明けて最初の週末に告別式があり参列した。  故人が99歳6カ月と高齢だったこともあり参列者も一通りお悔やみは述べても湿っぽさは無く、もっぱら楽しかった故人との思い出話に花が咲き、参列者同士が旧交を温め合う風景があちらこちらでみられた。  そういう私もご無沙汰をしていた友人、知人に久しぶりに会えて、告別の会場で新年のあいさつを交わすことになった。

磁針
0

 年の瀬も迫り、ロサンゼルスの至る所でクリスマスのイルミネーションが街を輝かせている。クリスマスショッピングで忙しい人も多いのではないだろうか。  街はホリデーシーズン真っ盛りだが、日系社会では立て続けに悲しい知らせが届いた。コミュニティーでも活躍していた日系俳優のロドニー・カゲヤマさんと写真家のリチャード・フクハラさんの2人が今月初めに亡くなったのだ。

磁針
0

 黒柳徹子さんの著書「トットの欠落帖」を読みながら、今から20余年前に黒柳さんと数時間ご一緒したことを思い出した。パートタイムで商工会議所の仕事を手伝っていた時のことだ。  「今年の新年会のゲストは黒柳徹子さんで、講演をお願いしているんですが、当日宿泊先から会場のホテルまで同行して控え室でお世話してもらえますか。

磁針
0

 日系最大の二世週日本祭も、最大イベントのパレードが終わった。100歳の藤間勘須磨先生の振り付けの音頭も何とか踊った。一般参加者の練習日は5回と少なく、練習日初日はどうなることかと心配した。一般参加者が年々減少している中、何とか頑張りたいと思った。  同時開催の七夕まつりも飲み物ブースで手伝うことができた。昨年より人出が少なかったように思う。

磁針
0

 初めて「二世週祭グランドパレードを見る」目的で小東京へ行った。  これまでは、偶然車で通りかかった時に見かけた、または買い物に出た時、やけに混んでいるなと思ったら二世週祭だった、という程度の経験しかなかった。「海外日系人最大の祭り」に関心の薄い、多くの新一世の中の一人だったのは間違いない。

1 2 3 8