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 もの忘れがひどくなった。なにかを取りに行ってすぐ思い出せないのはしょっちゅうだし、知人と昔話をしていて過去の事柄が記憶からすっかり抜けていたりする。時間の経過に対する感覚も曖昧になってきていて、つい数年前のように感じる事柄が実は10年、20年前のことだったり、3年前に起こったことがずっと昔に感じたりする。

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 東京からみえた客人が、「5月の南カリフォルニアはスカッと青空が広がり、好天続きのイメージなのに、けっこう曇天の日が多い」と言う。  そう、今年は雨も風も雷の日もあって、さらに所によっては雹(ひょう)さえ降り、5月としては例外的な荒天。

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 テレビを見ながらふと自分世代の日本のテレビの変遷を走馬灯のように思った。ゼロから体現した現代までを辿ってみた。  戦後の子供の頃、貧しい日本にテレビはまだ無かった。ラジオの時代で、夜は居間で家族がNHKのクイズ番組やドラマなどを聞き楽しむ一家団欒の光景があった。テレビなど想像の外だった。

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 3年ぶりに、イチローがシアトルにやって来た。  リーグ交流戦で、地元マリナーズ(アメリカンリーグ)とイチローのマイアミ・マーリンズ(ナショナルリーグ)の対戦が実現したからだ。  マリナーズに在籍すること11年半。鮮烈なメジャーリーグデビューも、年間262本ヒット記録も、「マリナーズのイチロー」としてだったから、対戦相手とはいえイチローの『帰郷』にシアトルは沸いた。

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 浪曲(浪花節ともいう)という演芸は私の知る限り、戦後のラジオの時代に人気絶頂を極めたが、いまでは日本の演芸の主流から少々はずれてしまっているようで、私のようなファンからすると少々さびしいかぎりだ。  広沢虎造(二代目)の『清水次郎長伝』、玉川勝太郎(二代目)の『天保水滸伝』、寿々木米若の『佐渡情話』、三門博の『唄入り観音経』などが一世を風靡(ふうび)した時代があった。

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 忘却とは忘れ去ることなり 忘れ得ずして忘却を誓う心の哀しさよ—  放送時間になると女湯が空になったといわれ、昭和の一時期を風靡したラジオドラマ「君の名は」の有名なナレーションを覚えている人の年齢はだいたい想像がつく。

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 気温が急に冷え込み、大雨が連夜続いた。その翌朝の土曜に事件は起きた。食材買い出しに出かけようと昼前、アパート1階の共同車庫へ向かった。通常通りにエンジンをかけようとするがカラ回る。どうも最後の一息が届かない。ラジオはかかる。ヘッドライトもつく。

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 年の瀬。正月が近づく。ふと子供の頃の日本の正月を思い起こした。生まれ育った実家は東京の真ん中の文京区。  元旦の朝はきちんと早起きしていつもより良い服を着た。新年を迎えるのは子供心にも改まった気持ちで、空気も引き締まって清らかな感じがした。

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 ロサンゼルスを中心に配布されてきた日本語無料情報誌『ブリッジUSA 』がこの10月号をもって廃刊という。当地での情報誌の草分け的存在であり、27年前の創刊以来、タウン誌として日系スーパーや食堂などに置かれ、私たちに日本語で情報を提供してくれてきた。

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 この2、3年、里帰り旅を終えて日本からLAに発つ時につい「アー、戻るとまたあれか」と思うようになった。あれとはLA生活で日々の車の運転のこと。以前は無かったから一つは年のせい、もう一つは年々渋滞が酷くなる交通状況が原因か。何処にも運転の生活。

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 「ドジャースの声」と称される伝説的アナウンサー、ビン・スカリーさんが、67年間の実況人生に、惜しまれながら、あと10日あまりで終止符を打つ。「お疲れさま」「ありがとう」と言いたい。  1927年、ブロンクス生まれのニューヨーカーが地元でデビューしたのは、大学を卒業した翌年。

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 命や生活に関わる災害情報を多言語で発信する大切さをあらためて痛感したのは、5年前の東日本大震災の取材でのことだった。  被災地には日本人だけでなく、外国から来た人たちも多く暮らしていた。

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