継続ゆえに得るもの
約20年前の1996年5月、私たちの仲間の一人であったR氏が、当時はまだ珍しがられていたEメールによるメルマガ(メール・マガジン)の発行を週刊で始め、一度も欠かさず19年余をかけ、このたびなんと1000号に到達した。
約20年前の1996年5月、私たちの仲間の一人であったR氏が、当時はまだ珍しがられていたEメールによるメルマガ(メール・マガジン)の発行を週刊で始め、一度も欠かさず19年余をかけ、このたびなんと1000号に到達した。
少し風邪気味だったので、早い目にと、日本で愛用していた朝夕2カプセルで効くという風邪の特効薬を飲んで寝た。いつもならクーっと眠れて翌朝はスッキリ! のはずが、一向に眠気もこないし、効き目が現われない。
『F君が亡くなりました。イタリア旅行中の客死でした』日本の親友から届いたEメールによる訃報だった。このところ、友人、知人の訃報が多く、私も年齢を感じざるをえない。 今回のメールにあった客死という文言は最近あまり聞かなくなったような気がする。
「お笑い芸人」という呼称はいつ頃できたのだろうか。それまで新宿や浅草の寄席や芝居小屋で客を笑わせていた漫才師やコメディアンがテレビの司会者やレポーターとして起用され、今や「お笑い芸人」なしではテレビやラジオはやっていけないぐらいになっている。
「春です、プランタ〜ン無理もない」 眠くて、眠くて堪らない昼下がり、ふと、口をついて出てきたメロディー。子供の頃に、歌っていた。歌詞は定かでない。メロディーが好きで、春です、春です、プランタン無理もない♪ と鼻歌みたいに繰り返していた。
仕事には「どうしてもこれがやりたい」夢の仕事と「他にないから就く」仕事がある。仕事があるだけいいが、どうしてもやりたいことを仕事にしている人は幸いだ。運動選手やタレントなどは彼らの夢の仕事だろうし、僕も自分の仕事が好きでやっている。
日本で現在、新聞各紙が1面で、テレビ・ラジオでもトップで報じるニュースは共通する。過激派「イスラム国」に捕らわれの身の邦人についてだ。2億ドルという莫大な身代金支払いを迫ったかと思えば、女死刑囚の解放に変更するなど、次々に困難な条件を突き
何となくグズグズしている間にMetOperaの2014—15「Met in HD」のシーズンが始まってしまった。 今年は10月11日、ベルディの「マクベス」を皮切りに18日にモーツァルトの「フィガロの結婚」、11月には1日にビゼーの「カルメン」、22日に
私は日本企業の海外駐在員として長期にわたり、日本を離れた生活を送った。それだけに、海外駐在のはざまとなった時代に日本で収集した日本語の書物、レコード、録音テープなどは私にとって貴重な財産となっている。収集品のひとつが当時ラジオで放送していた『文化講演会』テー
昨年の話になるが、ラジオで「9月17日に、ガソリン代が3ドルを超して1000日(3年)が経った」と報道していた。そういえばガソリン代が2ドル台だったこともあったなあと、なんだか随分昔のことのような気になったもんだ。ビッグ3が経営破綻をしたころは2ドル以下だった。