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 先月日本でちょうど終戦記念日だった8月15日、京都市内から山陰線で一日かけて舞鶴の「引き揚げ記念館」を訪れた。以前書いた鹿児島県知覧の特攻平和記念館や長野の出征画学生の遺作展示の無言館を訪問した時と同じで涙を拭きつつ歴史展示を見て回った。

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 忘却とは忘れ去ることなり 忘れ得ずして忘却を誓う心の哀しさよ—  放送時間になると女湯が空になったといわれ、昭和の一時期を風靡したラジオドラマ「君の名は」の有名なナレーションを覚えている人の年齢はだいたい想像がつく。

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 数日前、日本のインターネット新聞に『植木等と昭和の時代』と題する企画展が三重県で開催されるというニュースが載っていた。1960年代、映画や「スーダラ節」の歌などで日本中に『無責任』を売りにして笑いを振りまいたコメディアン植木等さんの没後10年にあたり出身地で記念展をおこなうのだそうだ。

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 長男の大学の卒業式が東京であり、校内にある大隈重信像の前で記念写真を撮りました。大隈重信は宣教師から英語とアメリカ独立宣言を学び、その思考に大きな影響を受けることで、当時の将軍である徳川慶喜に大政奉還を勧めました。

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 梅雨の合間の一日、開業から4年経ったスカイツリーに上った。  雨の季節とあって人出は心配したほどではなく、入場券購入も「天望デッキ」(350㍍)・「天望回廊」(450㍍)への2度のエレベーターもさほど待たず、たちまちのうちに素晴らしい眺望が眼下に開けた。

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 今春、日本滞在中に信州の山野に建つ無言館を訪れた。無言館は先の大戦での戦没画学生の遺作を数百点集めて展示する。東京から行くには、まず大河ドラマ「真田丸」でいま人気の上田市まで新幹線、さらにそこから地方鉄道とバスを乗り継ぐ。

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 一体に、日本からアメリカに来た人の中には、どういうわけか自分の過去を美化する人が多い。裕福な家庭に育ち、一流私大を出たなんてすぐにばれるようなウソを平気でつく。年齢を3~4歳ぐらいサバを読むなんてかわいいほうだ。

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 三浦哲郎に「とんかつ」という短編がある。  母親に付き添われた一人の若者が福井・東尋坊の宿に一泊する。僧侶だった父が急逝。跡を継ぐため、翌朝、名刹に入門するためだった。おそらく「瀧谷寺」(たきだんじ)あたりだろう。

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 前回「パラオ」について書いたが、パラオの日本語事情やその親日ぶりについて続けたい。春の日本滞在時、天皇皇后のパラオ慰霊訪問に関連したTV報道を見ながら取ったメモを基に書いてみる。  先の大戦終結まで日本の委任統治領だったパラオは、戦後米国の信託統治下に置かれた後、94年に独立したが今も非常に親日的だ。

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 函館駅から外国語が飛びかう朝市の喧騒を抜けて、そのまま開港通りを進むと、道と道に挟まれた緑地帯に埋もれるように、誰も訪れることのなさそうな記念碑があります。地球儀を模した丸い石には南樺太の大ざっぱな地図が描かれており、それを覆うようなアーチ型の石には、「樺太引揚者上陸記念碑」という文字が刻まれていました。

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 10月15日の日本の報道で、大阪で胃腸薬「セイロガン糖衣A」を製造する大幸薬品が商品名や包装が似た「正露丸糖衣S」を販売する富山の会社を相手に包装の使用差し止めを求め訴訟していたが、最高裁が上告を退けたと出ていた。1、2審とも判決は「正露丸」

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   前に好きでない日本語、自分は使いたくない言葉を書いたことがある。例えば何々させて頂く、勇気や元気を「与える」、ご苦労さま、こだわり、生きざま等。その時に敢えて書かなかった言葉が一つあった。それは癒しだ。  この言葉は良い言葉だが、近年いつしか癒し癒

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