Browsing: 朝倉巨瑞

磁針
0

 大林宣彦監督が永い「ロケハン」に旅立ってから、ちょうど5カ月目に自宅を訪問しました。人が集まれない状況下で、葬式にも出席することができませんでした。玄関の呼び鈴の音が、懐かしくも寂しくも響くと、奥様の恭子さんが笑顔で出迎えてくれました。「今日は監督の月命日にお会いできてよかったです」と伝えると、「そうだったですね」と微笑み、映画の資料がたくさん乗っているテーブルに招かれました。

磁針
0

 鹿児島の港から高速船で60キロ程南西に行くと、九州最高峰の宮之浦岳を有し、切り立つ山々を緑に彩る原生林に、月間35日雨が降ると言われるほど水の多い島である屋久島に到着します。そして世界遺産にも指定された豊かな自然の恩恵を受けてのことか、自然エネルギー後進国と言われる日本の中において、ほぼ100%の電力が水力などの自然エネルギーでまかなわれている島でもあります。

磁針
0

 1980年代、英国統治時代の香港で小さな会社を作って、銅羅湾という場所に駐在していました。多くの海外進出した日系企業の方々と、毎夜のように語りあったものでした。私の会社はあっという間に消えてなくなりましたが、夢を実現させて日本を代表する会社に成長させた有能な方々もいました。

磁針
0

 父が入院したとの突然の連絡がありました。家の庭から用水路に頭から落ちて救急車で病院へ運ばれたとの衝撃的な電話でした。庭は用水路から2メートルほど上、そこから転落すれば頭を強く打ち溺れるはずです。父は今年91歳で田舎暮らしをしています。今この状況で病院へ入院するということは、病院や関係者に迷惑をかけてしまうのではないかと、申し訳ない気持ちにもなりました。

磁針
0

 冷蔵庫が壊れてしまったので、さっそく購入しに行ったのですが、部品の供給が遅れており納品まで一カ月かかるとのことでした。つまり突然、冷蔵庫のない生活を強いられることになったのです。その日からスーパーに行く度に氷をもらい、玄関においた発泡スチロールの小さな箱がわが家の冷蔵庫となりました。

磁針
0

 東京に非常事態宣言が出て、満開だった桜が散り始めた頃、大林宣彦監督の訃報の知らせが届きました。4年前に余命宣告を受けてもなお映画を制作し続け、念願の新作の公開予定日に旅立ってしまいました。  東日本大震災の翌年、私は主催する映画祭で大林監督にゲスト出演をお願いするために、何度も足を運んだことを思い出しました。

磁針
0

 高松に行く度に、地元の讃岐うどん店に足が向かってしまいます。根っからのうどん好きで、前回来た時には少ない時間で駅前のうどん店に駆け込み、今回は羽田へのフライト時間に余裕があったので、老舗のうどん店で腰のあるツルツルした手打ち麺を堪能し、うどん県でのささやかな楽しみを味わいました。

磁針
0

 随分と昔のことですが、当時ガーディナにあった非営利団体の事務所を訪ねた折に、その時の代表が編集したと言って私に手渡したのが、「豆腐バカ 世界に挑む」という本でした。1980年代、豆腐の新たな販路を求めて米国現地法人の責任者を命じられた筆者が、米国人が嫌いな食べ物だった豆腐を米国に広めるために悪戦苦闘した実話でした。

磁針
0

 随分と久しぶりに青森駅に降り立ちました。以前訪れたときには吹雪が強くて、雪の中にザクザクと足を踏み入れながら急いで駅前にあった屋内の市場に逃げ込んだことを思い出しました。今では新幹線で簡単に北海道に渡れるようになりましたが、子供の頃にはここから青函連絡船に乗って函館に渡った記憶がよみがえり、吹きさらす北風の強さに、はるばる北の地まで来たことを思い知らされました。

磁針
0

 師走になると、誰でも少しは部屋のモノを整理しようと思うものです。何年も着ていない服や、読もうと思って重ねている本、記念に買ったりもらったりしたモノ、若い時分からの書類は何年も開けていない箱に大事に保管してありませんか。  買い物でもらったクーポンやレシートも、いつか日の目を見るときがあるかもしれないと思いながら、数年も溜まっていることはありませんか。

磁針
0

 コレステロールの数値が良くないと言われてから、パンやご飯を控え目にするようになり、朝食はヨーグルトにフルーツを入れて食べるのが日課になっています。フルーツは季節によって様々なものを小さく刻んで入れます。りんごやバナナやオレンジは一年中あるので目新しさはないですが、季節感のないこの国でも、柿や梨やブドウなどの果物を見るようになると、秋の訪れを感じます。

磁針
0

 平原綾香さんのしびれるほどの重厚な君が代斉唱の歌声で、日本でのラグビーワールドカップがはじまりました。メンバーの約半分が外国生まれで構成された日本代表は、たとえ国籍がどこであろうと日の丸の重責を背負って、君が代を歌っていました。私たちもアメリカにいれば、胸に手を当てて厳粛な気持ちでアメリカの国歌を歌っています。

1 2 3 10