Browsing: 朝倉巨瑞

磁針
0

 冷蔵庫が壊れてしまったので、さっそく購入しに行ったのですが、部品の供給が遅れており納品まで一カ月かかるとのことでした。つまり突然、冷蔵庫のない生活を強いられることになったのです。その日からスーパーに行く度に氷をもらい、玄関においた発泡スチロールの小さな箱がわが家の冷蔵庫となりました。

磁針
0

 東京に非常事態宣言が出て、満開だった桜が散り始めた頃、大林宣彦監督の訃報の知らせが届きました。4年前に余命宣告を受けてもなお映画を制作し続け、念願の新作の公開予定日に旅立ってしまいました。  東日本大震災の翌年、私は主催する映画祭で大林監督にゲスト出演をお願いするために、何度も足を運んだことを思い出しました。

磁針
0

 高松に行く度に、地元の讃岐うどん店に足が向かってしまいます。根っからのうどん好きで、前回来た時には少ない時間で駅前のうどん店に駆け込み、今回は羽田へのフライト時間に余裕があったので、老舗のうどん店で腰のあるツルツルした手打ち麺を堪能し、うどん県でのささやかな楽しみを味わいました。

磁針
0

 随分と昔のことですが、当時ガーディナにあった非営利団体の事務所を訪ねた折に、その時の代表が編集したと言って私に手渡したのが、「豆腐バカ 世界に挑む」という本でした。1980年代、豆腐の新たな販路を求めて米国現地法人の責任者を命じられた筆者が、米国人が嫌いな食べ物だった豆腐を米国に広めるために悪戦苦闘した実話でした。

磁針
0

 随分と久しぶりに青森駅に降り立ちました。以前訪れたときには吹雪が強くて、雪の中にザクザクと足を踏み入れながら急いで駅前にあった屋内の市場に逃げ込んだことを思い出しました。今では新幹線で簡単に北海道に渡れるようになりましたが、子供の頃にはここから青函連絡船に乗って函館に渡った記憶がよみがえり、吹きさらす北風の強さに、はるばる北の地まで来たことを思い知らされました。

磁針
0

 師走になると、誰でも少しは部屋のモノを整理しようと思うものです。何年も着ていない服や、読もうと思って重ねている本、記念に買ったりもらったりしたモノ、若い時分からの書類は何年も開けていない箱に大事に保管してありませんか。  買い物でもらったクーポンやレシートも、いつか日の目を見るときがあるかもしれないと思いながら、数年も溜まっていることはありませんか。

磁針
0

 コレステロールの数値が良くないと言われてから、パンやご飯を控え目にするようになり、朝食はヨーグルトにフルーツを入れて食べるのが日課になっています。フルーツは季節によって様々なものを小さく刻んで入れます。りんごやバナナやオレンジは一年中あるので目新しさはないですが、季節感のないこの国でも、柿や梨やブドウなどの果物を見るようになると、秋の訪れを感じます。

磁針
0

 平原綾香さんのしびれるほどの重厚な君が代斉唱の歌声で、日本でのラグビーワールドカップがはじまりました。メンバーの約半分が外国生まれで構成された日本代表は、たとえ国籍がどこであろうと日の丸の重責を背負って、君が代を歌っていました。私たちもアメリカにいれば、胸に手を当てて厳粛な気持ちでアメリカの国歌を歌っています。

磁針
0

 小学生の頃、ほとんど存在感のなかった私のことを、ある日、掃除の時間に担任の先生が、みんなの前で突然言いました。「彼のほうきの使い方をみんなよく見てまねをするように」と。「えっ」と突然の事に私自身が一番驚いていました。これは自分を本当に褒めているのか、冗談で掃除が下手であることを伝えたいのか、判別がつかなかったからです。

磁針
0

 在外選挙は、2004年7月の参議院議員選挙から海外で投票できるようになりました。これはロサンゼルスで日本食の普及に貢献した金井紀年氏や、建築家として日系社会に貢献した高瀬隼彦氏を中心とした海外有権者ネットワークの皆さんが、最高裁までの法廷論争を10年以上も続けて勝ち取った権利です。

磁針
0

 映画『青い山脈』が最初に上映されてからちょうど70年目になる今年の5月、杉葉子さんがひっそりと日本で旅立たれました。  パロスバーデスにお住まいになっていた頃には、しばしば突然の呼び出しがあって、アーバインから車で1時間近くかけて駆けつけると、「パソコンの使い方がわからないのよ」と、にっこり笑って出迎えてくれたことを思い出しました。

1 2 3 10