Browsing: 朝倉巨瑞

磁針
0

 随分と昔のことですが、当時ガーディナにあった非営利団体の事務所を訪ねた折に、その時の代表が編集したと言って私に手渡したのが、「豆腐バカ 世界に挑む」という本でした。1980年代、豆腐の新たな販路を求めて米国現地法人の責任者を命じられた筆者が、米国人が嫌いな食べ物だった豆腐を米国に広めるために悪戦苦闘した実話でした。

磁針
0

 随分と久しぶりに青森駅に降り立ちました。以前訪れたときには吹雪が強くて、雪の中にザクザクと足を踏み入れながら急いで駅前にあった屋内の市場に逃げ込んだことを思い出しました。今では新幹線で簡単に北海道に渡れるようになりましたが、子供の頃にはここから青函連絡船に乗って函館に渡った記憶がよみがえり、吹きさらす北風の強さに、はるばる北の地まで来たことを思い知らされました。

磁針
0

 師走になると、誰でも少しは部屋のモノを整理しようと思うものです。何年も着ていない服や、読もうと思って重ねている本、記念に買ったりもらったりしたモノ、若い時分からの書類は何年も開けていない箱に大事に保管してありませんか。  買い物でもらったクーポンやレシートも、いつか日の目を見るときがあるかもしれないと思いながら、数年も溜まっていることはありませんか。

磁針
0

 コレステロールの数値が良くないと言われてから、パンやご飯を控え目にするようになり、朝食はヨーグルトにフルーツを入れて食べるのが日課になっています。フルーツは季節によって様々なものを小さく刻んで入れます。りんごやバナナやオレンジは一年中あるので目新しさはないですが、季節感のないこの国でも、柿や梨やブドウなどの果物を見るようになると、秋の訪れを感じます。

磁針
0

 平原綾香さんのしびれるほどの重厚な君が代斉唱の歌声で、日本でのラグビーワールドカップがはじまりました。メンバーの約半分が外国生まれで構成された日本代表は、たとえ国籍がどこであろうと日の丸の重責を背負って、君が代を歌っていました。私たちもアメリカにいれば、胸に手を当てて厳粛な気持ちでアメリカの国歌を歌っています。

磁針
0

 小学生の頃、ほとんど存在感のなかった私のことを、ある日、掃除の時間に担任の先生が、みんなの前で突然言いました。「彼のほうきの使い方をみんなよく見てまねをするように」と。「えっ」と突然の事に私自身が一番驚いていました。これは自分を本当に褒めているのか、冗談で掃除が下手であることを伝えたいのか、判別がつかなかったからです。

磁針
0

 在外選挙は、2004年7月の参議院議員選挙から海外で投票できるようになりました。これはロサンゼルスで日本食の普及に貢献した金井紀年氏や、建築家として日系社会に貢献した高瀬隼彦氏を中心とした海外有権者ネットワークの皆さんが、最高裁までの法廷論争を10年以上も続けて勝ち取った権利です。

磁針
0

 映画『青い山脈』が最初に上映されてからちょうど70年目になる今年の5月、杉葉子さんがひっそりと日本で旅立たれました。  パロスバーデスにお住まいになっていた頃には、しばしば突然の呼び出しがあって、アーバインから車で1時間近くかけて駆けつけると、「パソコンの使い方がわからないのよ」と、にっこり笑って出迎えてくれたことを思い出しました。

Featured
0

 オーロラ日本語奨学金基金(阿岸明子理事長)主催の第16回米国高校生によるオーロラ日本語スピーチコンテスト全米大会が5月25日、カリフォルニア大学アーバイン校で行われた。全米日本語教育会と在ロサンゼルス日本総領事館共催、国際交流基金ロサンゼルス日本文化センターの助成で行われたこの催しには、全米のコンテストを勝ち抜いた15人が参加。頂点を目指し熱い戦いを繰り広げた。

磁針
0

 子供の頃に、兄弟でよく楽しんでいたのが日本一周の双六でした。直江津という地名は、双六で何度も通った場所であり、行ったことがなくても親しみのある地名でした。この直江津からフェリーで2時間ほど乗ると、金山で有名な佐渡ヶ島に到着します。そしてこの島で朱鷺(トキ)に会うことができました。

磁針
0

 日本のへそを宣言する町は多くあります。その根拠もさまざまで、経緯度の交わる点、人口の重心、最北端と最南端を結んだ点など、わが町こそ日本のへそ(=中心)であることを主張しています。  そんなへそを宣言する町のひとつである岐阜県関市にある平成(へなり)地区の道の駅を訪ねた時に、「ありがとう! 平成時代」と書かれた看板が、やけにもの悲しく、時代の移り変わりを感じさせました。

1 2 3 10