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 秋の佐賀を訪れた。佐賀県では今年明治維新150周年を記念する博覧会や美術展の行事があり、南加佐賀県人会の長老中西さんが音頭を取りご家族や仲間と佐賀を訪問する企画を立て、僕ら夫婦も以前からお誘いを受け、楽しみに東京経由参加した。  学生時代に仲間と1カ月かけ九州を一周旅行して以来、九州は数度旅行したが佐賀だけ初めてだった。

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 義兄が倒れた、という知らせを受けて航空券を手配している間に、死亡の知らせが届いた。その間、21時間。  着いた日本は台風21号が関西地方に猛威を振るい、大きな爪痕を残していた。納棺の日、移動中に突然の大雨と突風に見舞われたが、東京は大丈夫だった。北海道方面に抜けると聞いて、親戚、知人のところは大丈夫かと心配して連絡したら、震度を観測できないくらいの地震が襲っていた。

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 子供の頃に食べていたものが無性に懐かしくなる。「おふくろの味」というやつだ。終戦直後だったし、贅沢なものは食べれなかった。そんな中で母が作ってくれた「水餃子」は私にとっては最高のご馳走だった。  東京・牛込育ちの母がなぜ、餃子が得意だったかというと、私の父方の祖父が大連市長だったこともあって母は引き揚げてきた祖母から本場の餃子の作り方を伝授されたからだ。

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 「もう半分リタイアの気持ちなんだ」と東日本大震災の取材でお世話になったドライバーの男性は言った。偶然にも東京の家の近所に住んでいることが分かり食事をした。42歳、まだまだ脂が乗って現役だと思っていたのに。  チームで真夏の被災地を駆けずりまわったこと、1分1秒を争ってリポートを作り放送したことを思い出した。

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 今年2度目の日本。東京は新宿で宿泊したホテルのサービスがいいので紹介する。過去数年は銀座4丁目の三井や西鉄系のホテルを利用した。今回は新宿に泊まる必要がありネット検索でKホテルを選んだ。Kは新宿駅西口から徒歩3分がうたい文句だが本当に3分で着く。周囲はレストランがびっしり。

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 近頃、「LINEをしないの?」と言われる。  「私と無料で電話が出来るから、始めたらいいのに」と、久しぶりに会ったフロリダ在住の友人。「用件だけを手短に連絡できるから手軽よ」と言うのは東京在住の従姉妹だ。  家庭の事情で急きょ日本への帰国を決めた友人は、「LINEで日本の親戚に呼びかけたところ、すぐさま家具や電化製品が集まった」と喜びつつシアトルを去っていった。

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 この4月、日本を旅行中に東京から新幹線で45分の静岡県熱海で温泉に浸かり、翌日、山の上の美術館で北斎・広重展を開催中と聞き、これはぜひと訪れてこの美術館の素晴らしさに驚き魅せられた。その名はMOA美術館(以下モア)。日本でも欧米でもたくさんの美術館を見たがこれは 所蔵美術品の質と数の文化的高さ、豊かな自然の中に息を飲むパノラマ景観を持つ壮大な立地、個性豊かな美術館の建築設計など卓越した魅力のオンパレードで、以前本欄に訪問記を書いた島根県安来市の足立美術館と滋賀県甲賀市のミホ美術館に勝るとも劣らない日本の資産だと感動した。

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 4月の東京を歩くと日本の会計年度が新しく始まった月独特と思える光景があちこちで目にとまる。それは特にビジネス街でいかにも社会人一年生と思える大小の若人の集団が目に入り新鮮な雰囲気を醸し出していること。男女とも皆揃って一様に濃紺か黒のスーツ上下に白いワイシャツ、控えめな色のネクタイと新人らしい出で立ちで、若い雰囲気を発散し一目で社会人新入生と分かる。見ていて自分も昔そうだったなと思い出す。

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 2月24日、当地日系社会の牽引車として活躍した故和田勇氏をテーマにした「和田勇シンポジウム~東京にオリンピックを呼んだ男~」が明治大学であった。和歌山県と明治大学の連携講座で、和歌山出身の偉人をテーマにしたシンポジウムをシリーズで行っているもの。松下幸之助に続いて、取り上げられたのが和田勇。

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 このほど、シアトル郊外に住む女性の手元にあったアイヌの風俗画やガラス玉などが70年ぶりに里帰りし、北海道・白老(しらおい)のアイヌ民族博物館で特別展示された。  「私も、もう95歳。今後は、価値の分かる人の手で安全に末永く保管されることが最善だと信じています」

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 3月初め、真言宗御室派総本山・仁和寺(にんなじ)を訪ねた。京都で開かれた国際会議の合間を縫っての拝観だった。高校の修学旅行の時、来た記憶はあるが、どうしてももう一度行きたかった寺だ。  重厚な仁王門を抜けると、左手には仁和寺を建立した宇多法皇のために設けられた「宸殿」。法皇の住居だ。

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 思いがけず、雪の日本を訪ねた。少しだったが、雪かきもした。日陰の氷もかいた。筋肉痛になるほど雪かきをした昔が懐かしい。  ちょうど、この時期は7年前の東日本大震災を想起させる。津波後の避難生活は3月とは思えない寒さだったと聞いた記憶がある。今年も寒かった。

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