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 今週末と来週末に小東京で繰り広げられる二世週祭。日本と日系社会の文化を、多様性を尊ぶ南カリフォルニアに暮らす人々に幅広く紹介することを目的とし、結束を固めた日系社会が存在感を示す年に一度の絶好の機会となる。多民族国家の米国において、民族のお祭りの中で最も長い歴史を誇る。

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 家から歩いて10分弱の所に「成城ホール」がある。これは世田谷区役所の成城支所の名前だ。区役所の支所と言っても地下1階地上4階のビルの中に区民の生活をより楽しく豊かにする機能がたくさんあり、その一つに250人規模収容の劇場(区民ホール)もあり、落語寄席や音楽コンサートなどが一年を通じ盛んに開催されている。

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 1957年に第1回、1960年以降毎年日本で行われている「海外日系人大会」は今年が節目の60回目になります。主催は公益財団法人海外日系人協会、ホームページにはその目的が「海外および国内に在住する日系人が母国で一堂に会し、居住国の実情を日本に知らせ、あわせて国際交流、国際理解、国際親善を深め、対日理解の促進を図る」となっています。

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 日本の生活を始めて一つ驚いたのは、いわゆるスーパーマーケットの規模の大きさと食料品や食材の多彩さと豊富さだった。  米国から日本に旅行していた頃は宿泊するホテルの近辺によくあるコンビニで日用品のちょっとした買い物をして済んでいた。コンビニは旅行者の日常の買い物には便利だった。

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 「Fly Me To The Moon(私を月に連れて行って)」。ジャズのスタンダードナンバーで、1960年代にフランク・シナトラが歌い大ヒットした曲だ。当時は折しも、米国が月への宇宙飛行計画「アポロ計画」を進めていた時。まさに時代を反映する曲として人々の心にも浸透した。

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 社の蔵書の中に「ララ記念誌」という布張りの本を見付けた。昭和27年厚生省発行とある。  第2次大戦後、飢餓と貧困で苦しむ多くの日本人を救った米国からの救援物資「ララ」。  「ララ」の正式名称は『Licensed Agencies for Relief in Asia』(アジア救援公認団体)、1946年に米国大統領が公認した民間団体だ。

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 4月も終りだというのに、雨交じりの雪が一日中降り続いた土曜日。  「まるでシカゴみたいな天気だね」誰かの冗談を思い出しながら葉にも蕾にも雪を被って、それでも兵士のように直立している庭のチューリップを時々眺めて一日過ごしたが、一夜明けると雪はたちまち春の日差しに溶け、空は抜けるほど青く広がっていた。

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 中南米からアメリカ入りした難民らを収容するテキサス州ディリーの施設前で3月末、日系人のグループが抗議デモを行った。LA在住の友人がこのデモへの応援をSNSで呼びかけており、私も見守っていた。  トランプ政権下で対移民政策が厳しくなる中、同施設では子供が病気で亡くなる惨事や、親子が引き離される事態が起き、被収容者の人権が案じられる。

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 5月1日からの新しい元号が「令和」に決まった。日本最古の和歌集「万葉集」からの出典という。  発表を受け安倍首相は「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている」と説明した。  筆者も日本の民放テレビ局配信のライブ中継を通し、時差なしで発表の瞬間を目にした。

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 ごあいさつ。今月後半に母国日本に帰国します。住まいは東京です。約40数年の米国生活は挑戦とドラマと楽しさに満ちたものでした。幸運に恵まれていたと感謝あるのみです。米国では夫婦でやりたい事やるべき事を全部やった思いで、やり残し無し、悔い無しです。子育て、子の孫育ての手伝い。

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 行きつけの郵便局や銀行の窓口に異変が起きている。私は米国西海岸で一番大きいリタイアメントコミュニティー、ラグナウッズ市の傍に住んでいる。近所の郵便局はかつてはそこの老人たちで賑やかだった。局員は彼らの名前を覚えていて、明るく迎え、小会話を交わしながら、仕事をテキパキと片付けた。

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「トナラーってご存知?」  在米の女流画家M子さんから聞かれた。彼女は、米国に帰化してから何十年というのに日本の最新情報には恐ろしいほど精通している。誰かが「トナラー」とツィートしてから一気に広まった造語だという。  「トナラー」の「トナ」は日本語の「隣り」。

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