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 今年は終戦73年目になる。6月23日、沖縄戦末期のこの日、牛島沖縄守備軍最高司令官が自決し、沖縄の組織的戦闘が止んだ。沖縄ではこの日を慰霊の日として慰霊式典を行なっている。  恒例の平和の詩、今年は971の応募から浦添市立湊川中学3年生の相良倫子さんの詩「生きる」が選ばれた。

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 戦後世代の自分には、当然戦争自体の思い出はなく体験した人たちから聞いた話と、本や雑誌で知ったストーリーだ。身近に聞いた戦争体験は父の中国での4年間と、母からの日本国内での生活だ。  父は兵長として蘇州でそのほとんどを過ごしたようだ。

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 映画監督の大林宣彦監督は1年程前、新作映画撮影の前日に肺がんの第4ステージ、余命3カ月の宣告を受けていました。宣告を半年以上超えて東京の映画祭の授賞式で語ったのは、自分自身のことではなく、世界から戦争が無くなる日を願うメッセージでした。故・黒澤明監督が若き日の大林監督に語った言葉があったそうです。

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 鹿児島中央駅前の階段を降りると、『若き薩摩の群像』という銅像が迎えてくれました。これは初代文部大臣になった森有礼や後に米国のブドウ王と呼ばれた長沢鼎など、江戸時代の末期に薩摩藩から国禁を犯して海外留学を果たした19名の若者たちを称える像として作られたものです。

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 百聞は一見にしかず―この言葉の意味にあらためて納得した。札幌から車でおよそ6時間、最東端の町・根室市へ。国道沿いにはロシア語の道案内が目立つ。「返せ!北方領土」「北方領土は日本固有の領土」といった看板や標語もあちこちで見かけるようになった。

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 今年も8月を迎えた。私のような70歳半ばを過ぎたシニアにとって、忘れられない夏がある。それは1945年(昭和20年)夏だ。東京下町で生まれ育っていた私は、その年の東京大空襲で家も学校も周囲のすべてを焼き尽くされ、両親の故郷である滋賀県へ母に連れられて身を寄せていた。

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 戦後70年の節目とあって、テレビや新聞では特集が組まれ、知らなかった事、明らかになった事実など、連日のように学習させられた。終戦時にはかろうじて生まれていたが、戦争は知らないに等しい。今や戦後生まれの世代が人口の8割を超えるという。

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 1年365日の中で、さまざまな記念日、長い歴史では節目の年がある。人生では、自身はもとより子ども、初孫が生まれた日、人生の伴侶と結ばれ門出を祝った日、家族、恩人、ペットの命日、新居を構え一国一城の主となった日、野望を抱いたものの不安が入り混じる中で起業した日、芸道に精進し晴れて名取を披露した日、渡米した年月日などなど。

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 ♪♪「東京ブギウギ リズム ウキウキ ココロ ズキズキ ワクワク…」  子供の頃、ラジオから流れていた笠置シズ子の歌声が今も耳元に残っている。1947年日劇のショーで歌われたのがきっかけで大ヒット、並木路子の「リンゴの唄」と並んで戦争直後の日本を象徴する曲だ。

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 「春です、プランタ〜ン無理もない」  眠くて、眠くて堪らない昼下がり、ふと、口をついて出てきたメロディー。子供の頃に、歌っていた。歌詞は定かでない。メロディーが好きで、春です、春です、プランタン無理もない♪ と鼻歌みたいに繰り返していた。

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   母の卆寿を祝いに里帰りした6年前の早春の東京。着いたら都が桜の開花を宣言。僕ら夫婦も母国の同胞の桜狂想曲に加わり好天の都内各地で満開の桜を楽しんだ。桜を愛で心奪われる日本人は何ともたおやかな情緒と文化の民族かとつくづく感じ入った。

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   日本の歌百選に選ばれている童謡「里の秋」、歌詞も曲も美しく好きな歌だ。  1、静かな静かな里の秋/お背戸に木の実の落ちる夜は/ああ母さんとただ二人/栗の実煮てますいろり端  2、明るい明るい星の空/鳴き鳴き夜鴨の渡る

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