そば打ちで広がる人の輪:第二の青春を謳歌する―引退者に最適の趣味

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長いめん棒を使い、生地を伸ばす塩川さん

長いめん棒を使い、生地を伸ばす塩川さん

 仕事一筋に生き、退職後の引退生活は趣味に熱中し、第二の青春を謳歌する人が増えてきている。ミッション・ビエホ在住の塩川清彦さんもそんな一人だ。楽しみで、そば打ちに情熱を傾け、職人並みの味のいい打ちたてのそばを友人に振る舞うことに喜びを感じている。さらには、独学で身に付けた技を伝授しては、10人の「弟子」を育ててきた。趣味を通して、友達の輪が広がったことが何よりもうれしい。そばの手打ちは奥が深く、のめり込む人が多いため時間に余裕のある引退者にとって最適な趣味とされる。仲間とともに、そばを打ち、食べて楽しむ塩川さんのそば打ちに懸ける熱い思いを伝える。【永田 潤、写真も】

塩川さん「原料はそば粉と水だけ」
食べさせ、教えて、仲間増やす

 そば打ちは、「言ってみれば、そば粉と水さえあればでき、誰でも気軽に始めることができる」と、強調する塩川さん。さらに「友達の輪が広がる」と付け加え、「そば打ちのすゝめ」を説く。
 日系の大手化学メーカーの駐在員として重職を歴任した後、引退。退職後のそば打ち歴は今年で7年目を迎える。群馬県・前橋に住む従兄弟がやはり趣味でそばを打っていたことから興味を示し、「師事」した。今でも、帰国すれば毎回、「師匠」の元を訪れて打って見せて、手直しを仰ぐほどの真剣さだ。
 そば打ちに欠くことができないものが情熱。職人ではないものの、塩川さんは「どうせやるなら、きちんとしたことを」と、プロのような高い意識を持つ。道具を一式揃え、服装も割烹着に料理人の帽子を被り、本格的に立ち向う。今では、日本の農家と契約栽培したこだわりのそば粉を用いているほどだ。

こね方は、水を徐々に加えるのがポイント

こね方は、水を徐々に加えるのがポイント

 だが、初心者の道具は代用品で間に合い、気軽に始めることができる。そば粉をこねる桶は、ステンレスのボウル、大きな台は板でいい。包丁だけは上等なものが切りやすいが家庭用でも十分だという。必要なものは、生地を伸ばすめん棒くらいである。
 修行に「そば打ち10年」という言葉がある。職人になるには、それほどの長い年季が求められる。だが、塩川さんによると、素人だとまず本を読んでから経験者に手ほどきを受けて基礎をしっかり身に付け、3回もやれば、家庭で食べるていどのそばを作ることができる。最初は家の台所で自分で打ってみて家族に味見してもらう。こういった練習を重ね、腕を上げる。家族は打つのを何度も見せられ、毎日毎日食べさせられるが、腕の上達を見るのはおもしろく、また味もおいしいので飽きることはないという。「人に出せる」レベルに達すると、ゲストを招き「デビュー」だ。
 塩川さんは、始めた時からすぐにのめり込んだ。昼打って、また夜打ち、その翌日の昼も飽きずに打ったという。その頃は週に1回以上打ち、年間で60〜70回に及んだという。
 そば打ちは「凝り性」で、時間を多く費やすことができる引退した高齢者にピッタリの趣味。また、こねるのは体力が必要で、そばはその都度できあがりが違い、頭を使うのでボケ防止にもいい。食べても、もちろん健康にいいオーガニック食品である。日本で市販される生そばは、そば粉の配合割合が30%以上であれば、「そば」の表示が認められている。しかし、家庭ではその基準よりもはるかに多い70%から80%のそば粉を使用でき、味のいいそばを思う存分堪能できる。

各所で実演し食文化紹介
自信つけて、腕を上げる

 「最初は自分一人だった」と塩川さんは、打ち始めた頃を振り返る。そばを食べる仲間と打つ仲間が増え、「そば打ちで広がる人の輪」を一番に喜んでいる。現在は、自宅や友人宅でのホームパーティーで実演、打ち立てのそばを振る舞う。これまで以上の実演にも意欲を示しており「グループに披露したい」と、リクエストがあれば応えるつもりだ。また、そばを通し「仲間を広げたい。食べるだけでもいいし、習ってくれるならなおいい」と希望し、伝統文化の継承にも情熱を燃やす。
 最近は、ボランティア活動に励む敬老引退者ホームや日本語学校でもそば打ちを通して知り合った佐藤了さんとともに実演を始め、日本伝統の食文化の紹介にも寄与する。失敗が許されない大勢の面前で披露することも重要だという。適度の緊張感を覚えながら打って成功させて自信をつけ腕を上げる。

そばを同じ太さで切る塩川さん(左)。ウエストコビナの日本語学校でのそば打ちの実演

そばを同じ太さで切る塩川さん(左)。ウエストコビナの日本語学校でのそば打ちの実演

 日本語を学ぶ生徒は皆日本文化に関心を示し、興味津々で塩川さんの手捌きを観察し、メモを取る。子供たちの「目の輝きがいい」と、視線を感じながら「おいしい」の褒め言葉に「子どもたちは、純粋でお世辞やうそを言わない」と素直に喜ぶ。
そば屋は店を構え、職人を雇ってビジネスを目的にするのに対し、素人は楽しみ一つでやるので人件費は一切掛からず、「付加価値がかからない」(塩川さん)。手間暇掛けて、納得のいくそばに仕上げることができる。プロが「素人にはかなわない」と実感を込めて言うのが納得できる。
 塩川さんの場合、一度に打つそばの量は、重さで1ポンド(約450グラムから550グラム)くらい。5~6人分になるが、材料費は3ドル~4ドル以内で済み、1人あたり60〜70セントで収まる。家でやるので、場所代はただ。そば粉のほかに掛かる費用は、市販のそばつゆ代くらい。自家製つゆだと、さらに出費を(約半分に)抑えることができる上に、そばと相まって、作る楽しさと味はいっそう増す。

塩川さんの影響で一念発起
元フレンチシェフ佐藤さん

 塩川さんの仲間の1人に同じ引退者の佐藤了さんがいる。2人の出会いは共通の友人を通じ、互いにそば手打ちを趣味に持つということで紹介された。

そばを打ち引退生活を楽しく過ごす塩川さん(左)と佐藤さん

そばを打ち引退生活を楽しく過ごす塩川さん(左)と佐藤さん

 佐藤さんも同様に、道具一式を揃えて家で打ち、友人に食べさせていた。だが、プロ意識を持った塩川さんのそば打ちに対する情熱に「僕とは違う」と、心を打たれ、気合が合い一念発起。自分はそばを打って、食べさせただけだったのに対し、塩川さんは「みんなに教えている」と感心する。
 佐藤さんは元フランス料理のシェフ。米国選抜チームの一員として世界料理コンテストで金メダルを獲得し名を馳せた凄腕の持ち主だ。だが、和食は未知の世界。「奥深い」というフレンチに対し、そばは「繊細」だと和を表現する。そば打ちは一時も気を抜くことができず、精神集中し「無の境地」で打つという。佐藤さんにとってのそばは、新たな世界での挑戦でもある。仕上がりがその都度違い、微妙なこともおもしろい。
 「急いだり、手を抜いてしまうと失敗するので、気持ちが反映される」と話し、フレンチシェフ時代と同様に常に真剣勝負でそばと向き合っているという。最初の頃は同じ失敗の連続だった。一般の人ならよしとすることも、妥協を知らない元シェフのプライドが許すはずはなかった。
 生地が板にくっついてしまった。薄く伸ばしたつもりの生地は、厚さは均等ではなかった。切るのも思うようにいかず1本1本の太さは一様ではない。コシはなく、芯が残った。粘りつくのを防ぐ「打ち粉(そば粉を使用)」の振り掛け方も甘かった。ゆで上がったそばは、ぽろぽろと切れ、正に「箸にも棒にもかからず」、スプーンを使って食べるという屈辱も味わった。
 そこで、問題を洗い出し、水加減に気を配り、そば粉のこね方の改善に尽くした。徐々に上達し、今では「いいそばができると自慢したくなる」と上機嫌。人に出せば「みんなが平らげて、『おいしい』と喜んでくれる」と、料理人としての至福を再び味わった。待ちかねたこの瞬間に「苦労は報われた」と、安堵の表情を浮かべながら、快感に浸っている。
 さらに、奉仕する東サンゲーブルバレー日本語学園で塩川さんとの実演を実現させたことがうれしい。

塩川さんが打ったそばを子どもたちに披露する佐藤さん(左)

塩川さんが打ったそばを子どもたちに披露する佐藤さん

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