女性講談師 吉見愛鶴氏:講談の世界を語る

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昨年1月11日に行われた茶道裏千家淡交会の新年会で、「頼朝」を披露する吉見愛鶴さん

昨年1月11日に行われた茶道裏千家淡交会の新年会で、「頼朝」を披露する吉見愛鶴さん

 500年の歴史を持つ話芸の1つ「講談」。江戸末期から明治時代にかけて全盛期を迎えるも、漫才など大衆芸能の誕生やメディアの発達、テレビの普及などに追いつけず次第に衰退。しかし近年、女流講談師が増えるなど再び注目を集めはじめている。そしてここロサンゼルスにも、女流講談師が存在するのをご存知だろうか―。グレンデール在住の吉見愛鶴(きちみ・あいかく)さん。歴史上の人物の生き様、日本独特の美学や文化、そして感性豊かな日本語に魅了された1人。「講談を通じ、日本の良さ、日本人としての誇りを感じてほしい」と熱く語る愛鶴さんに、話を聞いた。
【取材=中村良子】

 (パパン、パン、パン、パン!)「本日は、菅原道真公のお話でございます」―
 ひとたび、愛鶴さんが高座にあがり、張り扇で釈台をたたいて口を開けば、一瞬にして会場が静まり返る。そこに、腹の底から発せられた台詞が、講談独特の心地よい抑揚をもって響き渡る。
 (パパン、パン、パン、パン!)「道真公には23人の子どもがあったと申しますが、中で一番幼い隈磨と紅姫だけを連れて屋敷を出る。お供はたったの1人、門弟の味酒安行。幼い頃から親しんだ梅の木に別れを告げ、屋敷の高い梢が見えなくなるまで振り返り振り返り、家に残してゆく妻よ、娘よ、これからどうやって暮らしてゆくのか・・・。心は千々に乱れます」―。
 後ろ髪引かれる思いで家に残した妻や娘を思う道真の悲痛な表情が、鮮明に目の前に浮かぶ。「京を追われた道真、この先どうなるのか・・・」。聴衆は、愛鶴さんの話芸に吸い込まれ、200年前の今日の巷にたたずむ・・・。
 
 講談との出会い

 02年11月、講談師田辺一鶴さんのロサンゼルス講演。落語好きだった父親の影響で、幼い頃から落語や講談はラジオで聞いていたが、目の前で見たのは初めてだった。「見た時、すぐに『これは私の世界だ』と思った」
 「本の虫」と呼ばれていた愛鶴さんが本を読み始めたのは2歳。「なぜか分からないが、古い時代に惹かれるものがあり、小6までに古典文学は一通り読み終えた」。好きな男性のタイプは弁慶。「体格がよくて強いし、頭がよくて度胸もある。勧進帳読み上げの場面には惚れ込んでしまう」
 幼い時から読んでいたことにより、古文のメロディやリズムはしっかりと体にしみ込んでいた。そのため、歴史的人物の物語を語る講談は、まさに「天職」だった。
 好奇心が旺盛で行動力がある愛鶴さん。講演後すぐに楽屋で一鶴さんに指導を依頼。2日後、一鶴さんは愛鶴さんら数人に初歩の手ほどきをしてくれ、その後は当地在住の弟子、田辺東鶴さん主催の講談会で月一の指導を受けるようになった。

昨年8月30日に行われた南カリフォルニア詩吟連盟の二世週日本祭吟詠大会の構成吟「菅原道真」で、講談師としてナレーターを務めた

昨年8月30日に行われた南カリフォルニア詩吟連盟の二世週日本祭吟詠大会の構成吟「菅原道真」で、講談師としてナレーターを務めた


 しかし7カ月後、東鶴さんの帰国を機に会は解散。講談の魅力に取り付かれた愛鶴さんは、「自分の大好きな歴史的人物について学べ、暗記したことを全身から吐き出すことが快感」と、その後も自力で勉強を続けた。
 04年3月に東京の一鶴師匠の前で勉強の成果を発表した際、「愛鶴」の名をもらった。同年6月、一鶴さん一行が日米文化会館で行ったロサンゼルス講演で、芸名披露を兼ねた初舞台「伊達政宗の堪忍袋」を披露。以来、日系社会のさまざまなイベントで講談を披露している。

 講談の魅力

 「短時間に何度も笑わせる現代のお笑いとは違い、じっくりと怒りや悲しみを聞かせて、盛り上げていくのが講談。笑いも、込みいった状況設定の中にある。『仇討ち』1つを取り上げるにしても、それまでの苦労や葛藤があった上でのことを、聞き手にその情景が浮かぶよう話すのが講談師の腕」
 愛鶴さんの場合、1つの作品を作るのに約2カ月で20冊程の本を読み、その人物を理解する。その後一週間かけて台本を書き、さらに一週間で台本を暗記をするというすご技。
 講談は、耳から入る情報だけのため、聞いている人が理解しやすいように台本には明確な言葉を使って場面を作っていく必要がある。また本来講談は読本を読み上げるのが主流だったが、記憶力のよい田辺派の祖、田辺南窓氏が初めて読本を持たずに講談をし、以来それが田辺派流儀となった。
 「源義経をやった時は、個人的に大好きな人物だったのでとことん知りたくて原文も含めて30冊以上を読んだ」。ストーリーを作っていく過程が楽しいという愛鶴さん。「書いている段階で頭に入っていくので、それに舌を追いつかせるという感じ」
 とにかく好奇心旺盛で、知れば知るほど、もっと知りたくなる性格。忙しい今でも寸暇を惜しんで毎日1冊から2冊の本を読む。「一度読み始めると、そのストーリーの中に入ってしまい途中で止めることができない。自分が主人公や脇役になりきってしまう」というほど。講談をしている時も同じといい、「戦のシーンは一緒になって闘っているので、終った後はヘトヘトに疲れているのよ」。

 日本のアイデンティティー

 愛鶴さんは20代の時、「若い年代が今世界を見ておかなければ日本は立ち後れる」と、1ドル360円の時代に60カ国以上の国を訪れた。当時、海外旅行は持ち出し外貨500ドルの制限があり、手続きも面倒だったが、自身の足でスポンサーを探し、アジア、アフリカ、中東、ヨーロッパ、北米、南米を訪れ、「世界」を肌で感じた。
 「そこで学んだのは、肌の色が何色であろうと、どんな常識を持っていようと、どんなファッションが流行っていようと、どの国の人も自国の文化にとても誇りをもっているということ。日本人は、何を誇りにしていいのかさえ分からなくなってきている」と危機感を覚えたという。
 「日本は、昔話であれ、着物であれ、歴史であれ、伝統であれ、すべてを振り捨てて、欧米に近づこうとしている。でもそれを続けていくと、アイデンティティーを失ってしまう。『私は何をもって日本人なのか?』と自問した時、それは血統ではなく、文化であることを今の若者に分かってもらいたい」
 愛鶴さんは、「真の国際人とは、自国の文化を理解した上で成り立つもの。世界を舞台に活躍する時、自国の文化を持っている人は強い」という。

 講談を若い世代に

「日本の良さを知り、日本人としての誇りを持ち、世界中どこへ行っても堂々と胸を張っていてほしい」と話す愛鶴さん

「日本の良さを知り、日本人としての誇りを持ち、世界中どこへ行っても堂々と胸を張っていてほしい」と話す愛鶴さん


 日本の学校では道徳教育がなくなり、歴史の授業が選択になり、伝統芸能が失われつつあり、核家族化が進んで祖父母の話を聞く機会も少ない。そんな状況の中、「では誰に善悪を教わるのか?」と愛鶴さんは疑問を呈す。「私の時代は、自然に耳から落語や講談が入り、トラブルの時にどう対処すべきかなどの基準を学ぶことができた」
 古文の中で伝えられていることには、日本人として重要な情報が凝縮されているという。「日本人は、皆で仲良く助け合い、ないものを補いつつ社会を形成してきた。ところが今は違う。人は利己主義に走り、人情味を忘れてしまった。親子の情さえドライになってきている。これからの日本はこのままでよいのか・・・」
 「虫すだく声を風流と聞き、微妙な季節の移り変わりを繊細に感じる心から多くの詩歌が作られ、着物の色柄にも反映させてきた。日本人の感性の鋭さ、気配りの細やかさ、日本語の美しさなどをしっかり次世代に受け渡さねば、いずれ日本の文化は滅びてしまう」と、愛鶴さんは危惧する。
 「日本は、中国や欧米の文物や思想を取り入れながらも見事にこなして独自の文化を創り出してきた1500年の歴史がある」
 それを理解してもらうためには、まだ心が純粋な子どもたちに「いい話」を聞いてもらうことだ。「内容を100%理解しなくても、何となく分かればいい。耳学問でも、子どもはけっこう覚えているものだ。日本の良さを知り、日本人としての誇りを持ち、世界中どこへ行っても堂々と胸を張っていてほしい」

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