懐かしいお盆行事

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 お盆供養やカーニバルが相次いで行われている。故人を思い出しながら出会える幸せな機会だ。故人だけでなく、日頃なかなか会えない人に会えるのも楽しみの一つだ。
 西本願寺のお盆供養にお参りして、毛利先生の御法話に心打たれた。日本のお盆の話に触れられたとき、忘れていたお盆の風景を思い出した。時に笑いを誘う語り口が、より真実をついていた。
 迎え火を焚いてお迎えした仏様。川に灯篭を流したのはいつのことだったか。墓前や家の前で火を焚くのは危険、川へ灯篭を流すのは河川の汚染につながると、あれもこれもできなくなった。お盆にも帰省できない、墓参りもしない自分は他人のことをとやかく言えないが、お盆の意味を伝えられなくなっているのは事実だと思う。
 お盆には帰省すると当て込んでクラス会や同窓会も企画される。日頃揃えない人たちが会するのも仏様のご縁。どこにいても、手を合わせてあの人、この人を偲んで、一時いろいろな場面や言葉を懐かしく思い出す。
 心の静寂が得られないと難しくはあるが、お盆カーニバルにお茶の席があるのがうれしい。
 お盆では盆踊りがつきものだが、盆踊りは時宗の開祖、一遍上人が広めた念仏踊りと先祖供養が結びついたものが原型といわれるが、私の故郷には「なにゃどやら」という盆踊りが伝えられていた。ヘブライ語だという説がある「なにゃどやら」を繰り返す歌は呪文とも経文とも聞こえ、踊り続けているうちに陶酔感というか、ご先祖様と出会っている気分になる。
 太鼓の打ち手が調子を変えて終わりを告げ、現実に引き戻す。今でも、あの踊りは伝えられているのかと気にかかる。
 盆踊りは輪踊りと行列踊りがあって、イベントやお祭りでよく見る阿波踊りは行列踊りの代表格。娯楽性が強くなっていくと、原型が何だったのか分からなくなることがある。
 日本ならではの習慣になった祖先供養のお盆。盂蘭盆会は逆さづりになっている祖先を救うための供養。
 この時期、故人や昔のことにちょっと気持ちを向けてみるのもいい。新しい発見があるやも知れない。【大石克子】

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