感謝祭に親孝行を考える

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 各地に離れ離れになっている家族もこの日だけは一堂に会し、大きな七面鳥料理を前に晩餐を共にする感謝祭。いわば家族の祝日ともいえるのだろうか。
 私事で恐縮なのだが、今年の感謝祭は日本から家族がやってきた。そそっかしい娘の新たな環境での生活を懸念しての訪米だったようだ。日本とアメリカで離れて暮らしているため、再会の嬉しさはひとしおで、1カ月ほど前から興奮状態が始まってしまった。
 ロサンゼルスに来て間もないため、どこを案内したらいいのかも分からず、いちからのリサーチ。だがそんな過程も楽しく、周りからアドバイスを頂きながら、また協力のもと、徐々に観光案内の計画は完成していった。
 感謝祭の時期ということもあり、頭の中をよぎるのは「感謝」と「親孝行」の文字。いつも心の支えになってくれているにもかかわらず、その言葉にふさわしい行いが伴っていない。喜んでもらえることは何かと考えた挙句、お粗末ながらプレゼントを渡した。だが普段サプライズをしないせいか、逆に気を遣わせてしまう始末。
 それでも家族と過ごす時間はかけがえのないひと時で、深夜にまでおよぶ雑談で、部屋は笑いと少しのやかましさで毎晩満たされていった。
 楽しい時が過ぎ去るのは早く、劇的な親孝行をしてあげられることもないままあっという間に1週間は過ぎて行く。そんな滞在最後の晩、両親がこう言った。「いつも健康で元気でいてくれることが一番の親の幸せ」
 空港での別れ際、人目もはばからず去りゆく娘の車に向かって「ありがとう。楽しかった」と叫ぶ両親を目にし、何一つとして一人前とは言えない未熟な私だが、元気な姿を見せることが出来たことが、今回、唯一両親にしてあげられたことなのかなと振り返る。
 昨日まで狭く感じられた部屋が今は広く感じられることに、少しセンチメンタルな気持ちを隠せないが、次回会う時には、また少し成長し毎日元気でいる姿を見せてあげられたらと思う。【吉田純子】

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