自灯明、法灯明

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 スカイプで何人かの方に新年のごあいさつをした。その一人はMさん。私にジャーナリスト道を教えて下さった師匠だ。
 今年82歳になられるが、お声には張りがある。
 新聞社のニューヨーク特派員や社会部長、論説委員を歴任されて、引退後は定年退職者向けや高齢者のための本を何冊か上梓。
 近著は、長生き賢者百人の訓えを集め、それぞれについて解説した「人生語録」。寸鉄人を刺す賢者の金言がぎっしりと詰まっている。
 2年ほど前にお会いした時は、親鸞とパウロについて調べているとおっしゃっていた。
 ところが、今回は、「最近は、一緒になって、『さー、皆さん、一緒に祈りましょう』なんていうのが億劫になってきて…」。
 「今、デービッド・バーンズに嵌まっていてね。宗教というよりも人間の生きざまというか」
 バーンズは米心理学者で世界的ベストセラー「Feeling Good:The New Mood Therapy」の著者である。
 〈人間の感情や言動は、身の回りの出来事によって直接惹き起こされるのではなく、その出来事をどのように受け止めるかで決まる〉と説く。
 憂うつ感や不安感は、絶望的な予期をする「認知の歪み」から生じるというのだ。
 「釈迦が仏滅直前に弟子に説いた『自灯明、法灯明』って、そのことを言っているんじゃないかと思う」とMさん。
 釈迦やキリストの教えを自己の人生の指針にすることはいい。が、他人に振り回されない主体的な精進を積むことも大切だ、ということなのだろう。
 Mさんの奥さまは、かって一世を風靡(ふうび)した大女優の香川京子さんだ。
 「最近、家内がサントリーのコマーシャルに出たお陰ですっかり有名になっちゃってね」とMさんは照れた。
 老いた農夫がざる一杯の栗を抱えて野良仕事から帰って来る。「栗ご飯にしますか」とにっこり笑って出迎える老妻役を演じているという。
 過疎に住む老夫婦がお互いに労わり合って生きていることを認め合う、そのひとコマが共感を呼んでいるらしい。
 四十数年前、ニューヨークで初めてM夫妻にお会いした、あの日が懐かしく蘇ってくる。【高濱 賛】

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