全米日系人博物館:ゲイラディナーに1300人―金井、山野、坂井の3氏表彰

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ステージで鏡割りをした受賞者と来賓ら。右から3人目がヤノ館長

 全米日系人博物館は、運営資金集めの各種オークションとともに日系社会の発展に寄与した人物を表彰する「ゲイラディナー」を16日、ロサンゼルス・JWマリオットホテルで催した。「受け継がれる家族の物語―発展する日系社会」をテーマに同館支援者約1300人が集い、金井紀年(共同貿易社長)、山野愛子ジェーン(山野学苑副理事長)と山野家、スタン坂井(コミックブック・アーティスト)の3氏の功績を称えた。東日本大震災の復興支援では、スライドショーで被災者の困窮を訴えて寄付を呼び掛けた。

授賞式であいさつに立つ金井紀年氏

 全米日系人博物館は1985年の開館以来、日系移民が受けた排斥運動や第2次世界大戦時の強制収容などの史実を伝える民主的活動に努めている。こうした業績が認められ昨年、連邦政府機関の博物館・図書館サービス協会から最優秀博物館賞が贈られた。
 同イベントでアケミ・キクムラ・ヤノ館長が、寛大なサポートに謝意を表し支援の継続を呼び掛けた。ハワイ州選出のダニエル・イノウエ上院議員は自身が発案した「Bid for Education」への協力を要請。同プログラムは子供たちを博物館に招待するもので、バスなどの交通費を寄付し入館無料で日系史を伝えている。また、商務、運輸長官を歴任したノーマン・ミネタ氏が授与式のプレゼンターを務めたほか、地元政財界から蒼々たる顔ぶれが揃った晩餐となった。
 受賞3氏は「思いがけない受賞で光栄」と声を揃え、さらなる貢献を誓った。震災の復興については独自の考えを示した。
 金井氏は第2次大戦に学徒動員され復員後「次は自分の人生を」と、起業家としての道を歩む。1964年に渡米し、当時の漬け物、しょうゆ、缶詰など「望郷食」に飽き足らず、握りずしを筆頭に、カツ丼やカレーライス、ラーメンなどを紹介し、近年は地酒に力を注ぐ。88歳の同氏は近々勇退し、同社会長に就任する予定。事業のみならず、さまざまな奉仕活動にも尽力し、日本政府から2度叙勲。「戦争で日本と日系人(社会)は、不幸な運命をたどったが、どちらも立ち直った。とても似ている」。同館を「日系人の地位を高め、社会に認めさせる活動をしている」と称賛する。

押元末子・山野流着装LA事務局長(左)から花束を贈られ祝福を受けるジェーン山野氏(右中央)。左のジャン・ペリー市議と右のジョージ武井氏の着物はLA支部メンバーが着付けした

震災については「敗戦から復興した実績がある。国にバンクラプシー(破産)はない」と、成功した事業家としての視点から持論を述べ被災者にエールを送った。
 山野家は、日本初のパーマ指導技術者の故山野愛子氏が起業した。長男正義氏が事業を継ぎ、日本の美容界をリードする。ジェーン氏は当地で生まれ、12歳の時に日本に移り住んだ。祖母愛子氏から身なりに加え、健康、精神など内面から発する美しさを重んじる山野の理念「美道」を学んだ。現在は、山野学苑、専門学校、短大などで重職に就くほか、着物の着付けの山野流着装では宗家を務める。母と祖母はマンザナに収容されただけに、同館見学では収容所の復元模型を見て胸を打たれた。受賞のあいさつでは「日系人として生まれてうれしい」と力を込め、多くの日系の同士を喜ばせた。着物の世界普及に情熱を傾けており、特にLA支部には大きな期待を寄せる。震災では心を傷めた。被災者の心情を察して「大変だけど、前向きに頑張ってほしい」と願う。救援活動については「ロサンゼルスで着物のチャリティーショーなど日本文化の紹介イベントを開いて、収益を寄付することもできる」と、専門分野での支援の意向を示した。

ステージでミヤモト・ウサギを描くスタン坂井氏

 坂井氏は、京都市生まれハワイ育ちの3世。日本の昔話や童話を聞いて育った。侍映画を愛し、黒澤映画の大きな影響を受け作品作りに生かす。代表作「ウサギ・ヨージンボー」は、宮本武蔵をモデルにしたミヤモト・ウサギという日本に生きるウサギの侍の叙事伝を創作して人気を博し、12カ国語に翻訳されている。自らの原点である日本文化と日本のアニメに敬意を表す。同館の役割を「日本文化を伝え、活躍した日系人を顕彰する活動をしすばらしい。受賞は特別なものがある」と述べた。被災者に向けては「困難な時にでも忍耐強く耐え、マナーがある。ガンバッテほしい」と願った。
【永田潤、写真も】

鏡開きをする受賞者ら


受賞者3氏の謝辞。左から山野ジェーン氏、金井紀年氏、スタン坂井氏


あいさつをする3人。右上から時計回りにノーマン・ミネタ氏、アケミ・キクムラ・ヤノ館長、ダニエル・イノウエ上院議員

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